

その男は長野刑務所を出るとすぐに飛行機に飛び乗り、北海道の「とかち帯広空港」へ向かった。空港から自動車で南に走ること約40分。宇宙航空研究開発機構(JAXA)がロケットの実験場を置く大樹町は、人口約5700人の小さな「宇宙の町」だ。自動車を降り、大きく息を吸い込む。この日をどれだけ待っていたことか。
男の名は、堀江貴文(43歳)。2013年3月27日に出所して、そのわずか2日後に液体燃料小型ロケット「ひなまつり」の打ち上げ実験に立ち会った。
堀江は“ホリエモン騒動”に明け暮れていた当時から宇宙ビジネスに並々ならぬこだわりを持っていた。2005年には、超小型衛星(重量50kg以下の衛星)を低価格で打ち上げる小型ロケットの開発を目的に、有志と「なつのロケット団」なるチームを結成。全国からロケット好きが集まり、手弁当で開発に取り組んできた。
この日のひなまつりの実験は見事失敗。点火しても発射台を離れずに小規模爆発を起こし、炎上した。それでも、堀江は焦らなかった。成功に失敗はつきもの。きちんと検証して将来に役立てればいい。
メンバーたちは早速、失敗の検証に取り掛かった。そんな中、献身的に作業を進める一人の学生に目が留まる。東京工業大学の修士課程修了を間近に控えていた学生、稲川貴大(28歳)だ。なつのロケット団に参加していたが、堀江が会うのはこの日が初めてだった。
「君、これからどうするの?」
そう聞くと、4月から大手カメラメーカーでの就職が決まっているという。その時、堀江の中に素朴な疑問が湧いてきた。本当にそれでいいのか、と。
「本格的にロケットを量産するためにもフルコミットできる人が必要なんだ。君、本当はやりたいんでしょう? カメラじゃなくて、ロケット」
堀江のこの言葉が、稲川の人生を変えた。3日後の4月1日、稲川は就職先の入社式会場にいた。辞意を伝えると、人事部長は稲川を別室に連れて行き、こう言った。「非常識にもほどがある。机もパソコンも用意しているんだぞ!」。
申し訳ない気持ちで必死に理由を説明した。ロケットの打ち上げ実験に立ち会い、衝撃を受けたこと。失敗したのに、どうしてもロケット開発をやってみたくなったこと。すると、人事部長は最後に手を差し出し、こう言った。「そうか、分かった。がんばれよ」。
この稲川こそが、ロケットビジネスにおける堀江の右腕となる男だった。
ITの次はロケットで革命を起こす
丸紅が出資も検討
ホリエモンが手掛けるロケット会社。そう聞いていぶかしむ人もいるだろう。だが、かつての“ロケット少年”たちは失敗を乗り越えながら、一歩ずつ前進してきた。なつのロケット団結成から8年がたった2013年2月、堀江はメンバー数人とロケットベンチャー、インターステラテクノロジズ(大樹町、IST)を立ち上げた。ロケットの基礎技術がほぼ完成したことを受け、量産に移行するためだ。


量産工場に必要な資金の調達にもめどがついた。2016年1月下旬、総合商社の丸紅が「研究開発委託」の名目で、ISTに数千万円を提供すると発表した。「事業が軌道に乗れば、数億円規模の資本参加もあり得る」(丸紅)という。
これに個人投資家からの資金を加え、合計約5億円が調達できる見通しだ。新工場の稼働は年内を予定する。IST入社後に社長となった稲川は、「工場の建設に近く着工し、人材も集め始めたい」と意気込む。
資金調達の見通しが立ったとはいえ、ISTは資本金1085万円、従業員数10人、設立わずか3年の駆け出し企業にすぎない。そんな会社に丸紅が興味を示したのには理由がある。ISTのビジネスには「高い市場性が見込める」(丸紅航空宇宙・防衛システム部防衛ビジネス課長の中村仁)からだ。「同じ市場を狙う競合は海外にあるが、一人勝ちしなくてもある程度の売り上げは獲得できるだろう」(中村)という。
衛星を打ち上げるロケットは今、急成長が見込める市場の一つとして世界中の投資家や経営者に注目されている。世界の人工衛星市場は2014年までの10年間で、2.3倍の2030億ドル(約21兆7210億円)に成長した。この傾向は今後も進むと見込まれている。
衛星ビジネスが拡大すれば、ロケットへのニーズも高まる。そこに目を付けたのが、米テスラ・モーターズ創業者のイーロン・マスクや、米アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾスといった、著名経営者たちだ。
マスクは、再利用ロケットを開発するベンチャー、米スペースXを2002年に設立。2015年12月、いったん浮上させたロケットを垂直着陸させることに成功した。ベゾスが2000年に立ち上げた米ブルーオリジンも、2015年11月にロケットを地上に軟着陸させる実験に成功している。両社とも、これまで使い捨てだったロケットを再利用することで低価格化を目指す。ただし、ブルーオリジンは低価格宇宙旅行を目的とする。衛星運搬用のロケットでは、米ロッキード・マーチンと米ボーイングの共同出資会社である米ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)がエンジンを提供している。
莫大なベンチャー資金が流れ込む米ベンチャーとは対称的に、ようやく数千万円の資金を手にしたIST。果たして勝算はあるのか。「ある」と見る企業や投資家が多いのは、ISTがそれらの企業と異なる市場を狙うからだ。
マスクやベゾスの盲点を突く
スペースXやULAは、一つのロケットに重量のある大型衛星や複数の衛星を積むことを前提としている。大量の積載物を一気に宇宙へ運ぶことで、打ち上げ価格を下げる算段だ。
一方のISTは、取り扱う衛星を重量50kg以下の「超小型衛星」に限定する。しかも、一つのロケットで打ち上げるのは衛星1基のみだ。
ISTの方が非効率に映るが、堀江に言わせれば「全く逆」。大きな重量を打ち上げるロケットの開発には、難易度の高い技術や多くの人材、莫大な資金が必要になる。ロケットを再利用するとなれば、なおさらだ。しかし、たった1基の衛星を再利用もせずに打ち上げるのなら様々なコストを削減できる。
例えば、ロケットの姿勢や位置を検知するジャイロやGPSに、スマートフォンに入っているのと同じ低価格品を使う。エンジン本体は、ネット通販で調達した材料を自分たちで加工して作る。小さな衛星を打ち上げるため、それほど高い性能を必要としないからだ。
強度も必要最低限でいい。そのため機体を薄くして軽量にできる。ひいては、燃料の使用量を減らせ、さらなるコスト削減につながる。一石二鳥どころか、三鳥にも四鳥にもなるのだ。
同時に、従来の課題も解決できると見込んでいる。これまでのやり方では複数衛星を一つのロケットで打ち上げるので、それぞれの衛星は打ち上げ後、目標の軌道に自力で移動しなければならなかった。移動手段を装備するために重くなり、サイズも大きくなる。
一方のISTは1基ずつ打ち上げるので、目的の軌道に直接、乗せることができる。移動手段は必要ない。
堀江は、「5億~数十億円かかっていた打ち上げコストをまずは3億円に下げる」と言う。3億円なら、工場の大型生産設備とほぼ同じ価格帯。実現すれば、ごく一般の企業が衛星を所有する時代も視野に入る。つまり、堀江が仕掛けているのは、衛星打ち上げビジネスの価格破壊ということだ。
宇宙関連のベンチャー企業を中心に投資するベンチャーキャピタリストの青木英剛は「普通の企業にとっても、衛星がインターネットのような身近なインフラになる時代が来る」と語る。例えば、食品スーパーが宇宙からライバル店の客入り状況を把握し、自社の出店戦略に生かすようなこともできる。
誰でも勝者になれる市場
現時点では人材や技術、そして資金の面でも、ISTはスペースXやブルーオリジン、ULAにかなわない。それでも堀江の思いに引き寄せられ、優秀な人材が集まっている。
今後の成否を分けるのはスピードだ。顧客となる衛星事業会社や衛星開発ベンチャーなどの信頼を得るには、宇宙空間に到達するロケットの打ち上げを早期に成功させることが欠かせない。
ISTと同じ小型ロケットを開発するベンチャーで、それを達成した会社はまだない。実績さえ早く作ってしまえば、誰でも勝者になれるということだ。
2016年はISTだけでなく、競合他社も初号機を打ち上げる。ロケット少年たちの夢が結実する日は間近に迫っている。
インターステラテクノロジズ創業者 堀江貴文氏に聞く
人間が考えたことは必ず実現する

民間で宇宙空間の到達に成功している企業は、政府機関に開発を委託されている一部の企業を除いてまだない。投資家にしてみれば、「本当に飛ぶの?」と半信半疑なんじゃないですか。
ISTでは、初号機を宇宙空間に飛ばすめどが既に立っています。調達資金を使いたいのは、むしろ量産化の方。2016年中に工場を稼働させたいので、人材を確保したり工場を建設したりするのに使います。工場は北海道大樹町にある射場近くに造ることを想定していて、ちょうど今、候補地を選定しているところです。
問題はインフラ。実験場として使っている場所は水道もなければ電気もない。舗装された道路もなかったので、ウチのエンジニアが砂利を敷いて道路を整備しました。
事業化を進めるうえでボトルネックになりつつあるのが、人員不足ですね。燃焼実験などを実施する建屋も骨組みは自分たちで組みました。それに時間が取られて、本業をなかなか進められないこともあった。今のチームがあと2つは欲しいところです。
ロケットの価格は現状に比べて1桁下げるつもりです。量産する量が増えればロケット1基当たり2000万~5000万円で作れる。1桁の削減に持っていければ業界へのインパクトは大きい。自動車では、試作を量産に移行した時にコストを2桁下げられると言われています。ロケットだって工業製品。同じ効果が望めるはずです。
と言っても、最初はそれほどの数を作るつもりはありません。年間100本くらいで十分。衛星を載せて運べる軌道(オービタル)用ロケットの開発までには、まだ数年かかるので、まずは高度100kmに上がって落ちる、サブオービタル(準軌道)用ロケットを完成させます。企業のPRや無重力実験といったニーズがあると思っています。
宇宙ビジネスで僕が最終的にやりたいのは、小惑星探査です。小惑星が惑星のかけらだとすれば、ウランの星があってもおかしくない。そんな星を見つけて原子力ロケットの部品を持っていき、プラントを造って燃料を生成すれば、さらに遠くに行けます。
人間が考えたことは実現すると言われますが、口に出さなければ実現しません。だから僕は、まず口にする。宇宙では、人類以外の生物が映画「アバター」のような暮らしをしているかもしれないんですよ。そんな様子を見てみたいとは思いませんか?
そのためにも目の前のビジネスをきちんと成立させる。それがサステイナブルに夢を追う秘訣です。(談)
(日経ビジネス2016年1月25日号より転載)
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