社会不安の温床になる貧富の差も現時点では深刻な状況が続く。現在の貧困率は26%。0.4を超えると社会騒乱が起きるレベルと言われるジニ係数も0.46ある。経済発展が著しいマニラ・マカティ区域でさえ、少し足を延ばせば不法占拠者が住むスラム街が点在する。政府のさらなる貧困対策が急務だが、肝心の政権は5月に大統領選を控え波乱含みの状況にある(上の囲み記事参照)。さらに、米連邦準備理事会(FRB)は昨年12月、2008年から続けてきたゼロ金利政策を解除し、利上げに踏み切った。これまでは、世界的なカネ余りが続き、中国経済の減退や資源安から行き場を失ったカネがフィリピンにも流れ込んできたが、今後はダブついたカネが新興国から引き揚げられる可能性が高い。

 とはいえ、手をこまぬいていては何も始まらない。日本企業の製造拠点となってきた中国はもちろん、チャイナプラスワンの候補地として期待されるインドネシアやベトナムでも、人件費の高騰が始まった。多少リスクを取っても国際競争力を持つ将来の製造拠点を今のうちから作る──。先進企業ほどそうした考えを持ち始めているのは確かだ。

5月の大統領選次第では波乱も

 着実に投資環境が整うフィリピンではあるが、新興国の経済は、時の政権によって大きく左右される。インドネシアのように、大統領が代わって政策が内向きとなり、外資企業に対する規制が厳しくなることもしばしば。海外進出を考える企業にとって政権交代リスクは大きな悩みの種であり、フィリピンもそのリスクは依然として抱えている。

 そもそもここ数年、フィリピンが安定して経済発展を続けてきた背景には、政治が安定していた部分が大きい。2010年に就任したベニグノ・アキノ大統領は、それまで蔓延していた汚職防止を打ち出し、財政再建も進めるなど、国際的にも評価が高い。

現職のアキノ大統領から後継指名を受けたマヌエル・ロハス氏(上)と現副大統領のジェジョマル・ビナイ氏(中)の一騎打ちか。一番人気だったグレース・ポー氏(下)は失格処分に(写真=上:AP/アフロ、中・下:ロイター/アフロ)
現職のアキノ大統領から後継指名を受けたマヌエル・ロハス氏(上)と現副大統領のジェジョマル・ビナイ氏(中)の一騎打ちか。一番人気だったグレース・ポー氏(下)は失格処分に(写真=上:AP/アフロ、中・下:ロイター/アフロ)

 そのアキノ大統領も2016年6月には任期が満了するため、5月には新しい大統領の選挙が実施される予定だ。問題は、フィリピンは大統領の再選が憲法で禁止されていること。現職のアキノ大統領が続投することはできず、別の人物がフィリピンをけん引せざるを得ない。アキノ大統領と同じ路線を踏襲してくれれば外資企業にとってはありがたいが、別の路線を主張する人物になれば、再び「アジアの病人」に成り下がるリスクもある。

 大統領選挙への立候補を締め切った当初、3人の候補による三つどもえが予想されていた。最も支持率を集めていたのは、グレース・ポー上院議員(写真右)だ。同氏はもともと孤児で、フィリピンで人気の高い俳優のフェルナンド・ポー・ジュニア氏の養子で、国民から人気が高い。アキノ路線を継承し「クリーンな政治」をモットーに掲げており、民間調査会社パルス・アジアが昨年9月に実施した世論調査では27%とトップの支持率を集めた。

 だが、昨年12月に事態は急転する。フィリピンの中央選挙管理委員会が「ポー氏に選挙資格がなく、失格である」と発表したからだ。「選挙前に10年間フィリピンに居住しなければ立候補の資格がない」という規定があり、ポー氏はかつて米国籍で米国に在住していた期間が長かったためこの基準を満たせない、というのだ。

 ポー氏の陣営はこの決定を不服として選管に対して異議を申し立てている。

 このままポー氏が脱落したと仮定すると、残る2人の一騎打ちとなる。一人は、現職のアキノ大統領が後継者に指名したマヌエル・ロハス氏。もう一人が元マカティ市長で現副大統領のジェジョマル・ビナイ氏だ。

 世論調査では、ビナイ氏とロハス氏の支持率は悪い意味で拮抗している。ビナイ氏はマカティ市長時代の汚職疑惑が噴出して支持率を下げたが、アキノ大統領が後継者に指名したロハス氏の人気もイマイチ。「アキノ氏の路線を踏襲するという点ではロハス氏の当選を願いたい。アキノ氏は汚職撲滅を進めてきたが、ビナイ氏になれば逆戻りしかねない。中国寄りとも言われ、南シナ海問題など日米との関係も悪化するリスクがある」と現地で事業展開する日本人経営者は不安視する。ただ、ビナイ氏は地方を中心に貧困層の支持を集めている。フィリピンの大統領選挙は国民の直接投票で決まるため、貧困層の票固めをしているビナイ氏の支持が今後伸び、当選する可能性も決して低くない。

 アキノ政権で払拭した政治リスク。結果次第では、新・世界の工場への道に暗雲が漂いかねない。

日経ビジネス2016年1月11日号より転載