まず政情が不安定。反政府組織や少数民族との内戦もある。インフラは脆弱で汚職もひどく、貧富の差は激しい。警察も十分機能せず治安は不安定。現地サプライヤーは貧弱で、島国のためサプライチェーンも構築しにくい…。そうした現実が海外製造業の投資を遠ざけ、他の東南アジア諸国連合(ASEAN)が急成長する中、「アジアの病人」と揶揄されるほど経済成長が伸び悩む原因となってきたわけだ。
では、そんな製造業「不毛の地」に、なぜ日本を代表する製造業が今、こぞって投資を強化しているのか。背景の一つは、人件費だ。フィリピンの人件費が他の新興国に比べ安いと言っているのではない。むしろ他国よりも高い。フィリピンでの拠点拡大を図る企業は、現時点でなく「ここから先の伸び率」に着目している。

人件費が当面上がらぬ安心感
ASEANの他の国々と比較してみよう(下の表参照)。製造業のワーカーの月額平均賃金を見ると、フィリピンは約267ドル(約3万2400円)で、173ドルのベトナムに比べれば高い水準にあるが、263ドルのインドネシアとはほぼ同水準だ。
ただ、こうした状況について、今回現地で取材した日系企業の経営者全員が「中長期的には割安になる」と見ている。折れ線グラフは、2010年の人件費を100として、各国の人件費の上昇率を表したもの。例えばインドネシア(カラワン地区)は既にこの5年で4.4倍に。ベトナム(バクニン省など第2地域)も2.3倍に高騰している。一方のフィリピンは、5年で15%伸びたものの、他国に比べれば「ほぼ横ばい」と表現していいレベルだ。
「今後も、他の国のように急激に人件費が上がるリスクは考えにくい」と、三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査部の堀江正人・主任研究員は話す。理由は明快で、「まだまだ人が余っている」からだ。

フィリピンの人口は2014年に1億人を超え、2020年には1億1000万人を超える予測もある。平均年齢は23歳と若年層が圧倒的に多く、毎年、約100万人の就業者が誕生する。だが、長期にわたり「アジアの病人」であったが故に、その受け皿が大きく不足している。現時点での人件費がインドネシアやベトナムより高いのはあくまで、1960~80年代のマルコス独裁政権による軽工業化などが成功し、一時的とはいえ「東南アジアで最も豊かな国」だった頃の名残。近い将来、人件費でインドネシアやベトナムが追い越していく可能性は高い。
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