最長5時間にも及ぶサトーカメラの接客。その中身は必ずしも商品の説明だけではない。撮影技術の上達法から近隣の撮影スポット情報まで、カメラに関するあらゆることが話題になる。

 1人の店員が1日に何十人もの接客をする一般の家電量販店とは真逆の戦略。その狙いについて、佐藤社長の実弟で現場を取り仕切る佐藤勝人専務は「ターゲットとしている顧客の中心が、カメラにあまり興味がない『ノンカスタマー』だから」と説明する。

狙うのは85%の「ノンカスタマー」
●カメラに関する栃木県内の意識調査
狙うのは85%の「ノンカスタマー」<br /><span>●カメラに関する栃木県内の意識調査</span>
出所:数字はサトーカメラ調べ

 既に写真に詳しい層は、買いたい機種も決めているし、撮影スポットも熟知している。このため、大手との奪い合いになれば、サトーカメラに分が悪い。そこで同社は、「既存の顧客は大手販売店に任せ、『ノンカスタマー』に軸足を置いて生き残る」(佐藤専務)を基本方針としている。

 では、どうやって「写真に興味のない層」にカメラを売るのか。有効な方法の1つは、何らかのきっかけで写真に関心を持ち来店してくれた顧客を、全力でもてなしてカメラや写真の面白さを知ってもらうことだ。

 「30分では足りないし、立ち話などもってのほか。ソファに座ってもらってじっくり集中して話を聞いてもらうのが一番」と竹原店長は話す。

ソファ席に座って接客する宇都宮本店の竹原賢治店長(奥)。印刷する写真データを一緒に選んでいる
ソファ席に座って接客する宇都宮本店の竹原賢治店長(奥)。印刷する写真データを一緒に選んでいる

 初見の顧客の接客は世間話や雑談から入ることが多い。このため、販売員には商品知識と同じくらい“雑談力”も要求される。写真とは無縁の話から始め、徐々にカメラに話題を移していく。写真の素晴らしさをうまく伝えているか、話の流れが自然かなどを確認するため、自分の接客シミュレーションをビデオに撮影し販売員同士が課題を指摘し合うトレーニングも実施している。

 デジカメ市場が縮小する中、家電量販店の多くは顧客の奪い合いを繰り広げている。だが、たとえ非効率でも自力で顧客を育てることができれば、争奪戦に巻き込まれることもなく、成長を持続できる──。これがサトーカメラの考え方だ。

 超長時間接客という一見、非効率な戦略を続けながら、同社が成長している背景には、顧客争奪戦に巻き込まれないことに加え、もう一つ理由がある。サトーカメラの収益源はカメラの販売だけではない。むしろ利益面で貢献しているのは店内での写真印刷事業だ。粗利額の約50%は写真プリントが占める。

 同社の顧客の中心は、写真に目覚めたばかりの初心者層。マニアと異なり、家庭での印刷体制は十分に整っておらず、撮影した写真は店で印刷する人も多い。そんな顧客のためにソファ席には、撮影した写真を印刷するためのパソコンが設置されており、担当の販売員と1枚ずつ選び印刷する。

 この印刷代が大きい。同社では現在週に36万枚の写真が印刷されているが、印刷代の利益率はカメラの販売より高いという。

 もっとも、最近は大手量販店でもセルフプリントの端末が設置されており、店員が接客しなくても端末上のガイドで簡単にスマホやデジカメのデータを印刷できる。あえて店員が付きっ切りで印刷するサトーカメラのやり方はこれまた非効率に映るが、ここにも大きな意味がある。

 佐藤専務は「一緒に写真を選ぶことで、よりお客様のことを理解できる」と説明する。どんな写真が好みなのか、生活の中でどんな撮影機会があるのか。「それらを把握することで、次にどんな関連製品をお薦めすれば喜ばれるのか見えてくる」(佐藤専務)という。また、デジタル技術に疎い高齢顧客も安心してもらえるというメリットもある。

 同じ非効率なアフターフォローで言えば、同社はカメラの保証期間も長く、業界で唯一11年保証を掲げている。カメラメーカーは原則、交換部品を10年間ストックしており、保証期間内なら何度でも修理や部品交換が可能だ。

 当然、11年も保証してしまえば新商品の買い替え需要は減る。が、収益の柱が印刷にある同社には、カメラを買い替えてもらうより、使い慣れたカメラで1枚でも多く写真を撮影してもらった方がありがたい、とも言える。

 超長時間接客による初心者中心の顧客開拓、利益の柱を印刷事業に置く収益構造、手厚すぎるアフターフォローによる顧客との関係強化…。同社の不思議な戦略は、全て有機的につながっている。