人口減少や消費者の生活スタイルの変化で改革を迫られる小売業界。大手企業がもがくなか、独自に活路を探ってきたのが生協だ。企業と異質の視点から生まれるサービスは、小売りの将来への示唆に富む。
(日経ビジネス2018年1月8日号より転載)
福井県の「ハーツタウンわかさ」は店舗、介護施設、託児所などが1つの建物に入っており、人材面などでも連携している
福井県小浜市にあるスーパー「ハーツわかさ」。2017年12月中旬の昼下がり、店内には買い物カートを押して売り場を回る高齢女性の姿があった。それだけなら普通の光景だが、後ろにはつかず離れずの距離で見守る若い男性の姿。しかも会話の内容から察するに、どうやら家族ではない……。
ハーツわかさで15年から定期的に開かれている「買い物リハビリ」の最中なのだ。高齢者はスーパー2階に併設する日帰り介護施設「小浜きらめき」の利用者。買い物を見守るのは同施設のスタッフだ。70代女性は「孫が遊びに来るからお菓子を買っておかないと」と楽しそう。小浜きらめきの茶谷佳秀・統括施設長は「両手が袋でいっぱいになるまで買う利用者もいる」と話す。
介護施設の利用者にスタッフが同伴する「買い物リハビリ」が、1カ月のうち1週間、1階のスーパーで開かれている
スーパーと介護施設。これら両方を運営しているのが、福井県民生活協同組合だ。同県は全国平均を上回るペースで少子高齢化が進み、介護施設のニーズが高まっている。一方、自力で買い物できる消費者が次第に少なくなり、従来型のスーパーは需要減に苦しむ。
それなら両者を一緒にして、自ら需要を作り出せばいい──。そんな発想から複合施設として14年に誕生したのが「ハーツタウンわかさ」なのだ。介護施設とスーパーはエレベーターで直結。施設スタッフがそばにいるため、買い過ぎや荷物運びに困ることもない。「雨でも1階に下りていくだけで買い物ができて便利」(70代女性)という。
ハーツタウンわかさは、介護施設のほかに0歳〜小学校3年生向けの託児所も備える。子供にとっても、親世代にあたる20〜40代にとっても、頻繁に足が向かう場所となっているハーツタウンわかさ。少子高齢化という社会の変化に対応しつつ、生まれてから老いてまで、消費者との接点を増やし、小売事業者としての商機を確保する。「日本の小売りは今後、こんな形にならざるを得ないのではないでしょうか」。福井県民生協の中川敦士・常勤理事は語る。
日本が本格的な高齢化と人口減少に直面するなか、小売業界は、単なる店舗事業だけでこれからも継続できるのかと自問自答を始めている。その意味で、福井県民生協の取り組みは示唆に富む。
生協、店舗は多くが赤字
客が自分で棚から商品を手に取り、レジまで運んで会計する。そんな米国式の「スーパーマーケット」が日本に広がったのは1960年代以降のこと。この形態が日本に根付く過程では「生協が民間に先んじていた」(日本生活協同組合連合会の本田英一代表理事会長)という。だがダイエーやイトーヨーカ堂など大手や各地の企業が全国で出店を拡大。同じような形態の店が街にあふれ、生協の存在感はかすんだ。現在、生協店舗の多くが赤字。各地の地域生協の店舗数の合計は2016年度に1099店と、20年前より約25%減っている。
だが赤字店だからといって安易に撤退すれば、周辺住民の生活に大きく影響する。利益の追求よりも「組合員同士で助け合い、生活をより良いものにする」を設立の精神に掲げる生協であればなおさら、閉店は避けたい。だからこそ社会課題の解決につながり、なおかつ持続可能な事業モデルを築かなくてはならない。これが今、全国の各生協がそろって直面している課題なのだ。
組合員2800万人の巨大組織
生協は、消費生活協同組合法(生協法)に基づいて設立される消費者組織。農協や漁協などと同じ協同組合だ。「コープみらい」「コープこうべ」「福井県民生協」といった地域ごとの生協のほか、大学の学生らが加入する大学生協などがある。これら各生協が加入するのが、日本生活協同組合連合会(日本生協連)。「コープ」ブランドのPB(プライベートブランド)商品を開発・供給したり、政策提言したりする組織だ。
独立した各生協が緩やかに連携している
●全国の生協の組織体のイメージ
同連合会に加入している生協の組合員をすべて足し合わせると2800万人にのぼる。地域生協への世帯加入率は38%に迫り、日本最大の消費者組織とされる。売上高に相当する供給高も合計で3兆101億円と、イトーヨーカ堂やユニーといった小売り大手を上回っている。
生協を利用したい消費者は、1000円程度の出資金を払って組合員になる。わずかながら配当もあり、株式会社であれば株主になるようなイメージだ。組合員は客として店舗を利用したり宅配サービスを受けたりするだけでなく、生協の共同所有者として商品開発に参加することもある。
生協は19世紀半ば、産業革命さなかの英国で結成されたのが発祥とされる。日本では大正時代に設立が相次いだ。海外では現在もスイスやイタリアなどで活発に事業展開している。日本の生協は宅配サービスを広く手掛けている点などが特徴だという。売上高の規模でいっても、日本の生協の存在感は大きいといえるだろう。
運転ができなくなったら……
兵庫県小野市。農家が立ち並ぶ田園地帯の一角に17年12月中旬、1台のトラックが止まった。階段が用意され、高齢の女性たちが荷台へと入っていく。しばらくして降りてきた女性らが抱えているのは買い物袋。なかには野菜や肉、魚といった生鮮食品や、揚げ物など総菜が詰め込まれていた。コープこうべ(神戸市)が営業する移動店舗だ。
コープこうべが営業している移動店舗。トラックの荷台に800種類の商品を詰め込んで走る
コープこうべの移動店舗が小野市を巡回し始めたのは17年4月。きっかけは16年夏、同市のなかでも比較的大きな団地にあった通常のスーパーが閉店し、周辺で暮らす生協の組合員が「小野市で移動販売をしてくれないか」とコープこうべに要請したことだった。
移動店舗が近所を訪れたときには必ず利用するという藤田津根子さん(72)は「今はクルマがあるからまだいいけれど、そのうち運転できなくなる日が来る。移動店舗は本当にありがたい」と話す。藤田さんは地域の民生委員も務めており、近隣の住民にとって貴重な買い物のインフラを維持するために、移動店舗についての周知を手伝う。実際に「来店」した組合員の荷物を持つなど買い物のサポート役も果たしている。
コープこうべが運行している移動店舗は9台。荷台には800種類の商品を取りそろえ、店舗と同じ価格で販売する。追加で必要なのは「協力金」として徴収する最大150円の手数料だけだ。
セブン&アイ・ホールディングスやローソンなどの企業でも、最近は移動販売に参入が相次いでいる。だが生協には、企業にはない強みがある。それが「昔から宅配を使っている組合員さんの存在です」と、コープこうべ店舗事業部の平井寛統括は語る。
生協の組合員は通常、食材を週ごとに自宅に届けてもらう生協の宅配サービスと、自宅近くの地元スーパーを併用して暮らしている。このため生協が新たに移動店舗を展開することになっても、すでに顧客基盤はあり、その地域でゼロから顧客を探すわけではない。「生協さんは週1度の宅配でずっとお世話になってきましたので。やっぱり商品に対する安心感が違いますよね」。小野市で生協の移動店舗を利用していた70代女性も、そう語っていた。
歴史的に強い配送インフラ
生協の宅配サービスは従来、近所同士で班をつくり商品を一括注文する共同購入が大部分を占めていた。だが女性の社会進出で近所付き合いを減らす家庭が増えたり、まとめて届いた商品を班長宅まで取りに行く手間が敬遠されたりして、徐々に個別宅配が増加。現在は宅配の7割が個別宅配だ。
事業の軸を、宅配へと移してきた
●日本生協連に加入する主要生協の合計営業実績
食品市場で宅配ニーズが強まるなか、これまで生協が築いてきたこうした配送インフラは大きな強みになる。
日本のスーパーが戦々恐々としているのは、やはり物流に強みを持つアマゾンジャパンが17年4月に始めた生鮮宅配「アマゾンフレッシュ」だ。イトーヨーカ堂が同11月に始めた生鮮ネット通販の「IYフレッシュ」も、IT(情報技術)を活用した物流の効率化に強みを持つアスクルとの提携が目玉だった。ドイツ証券の風早隆弘シニアアナリストは「小売業界がこれからの10年で一番欲しいと思っているものを、生協はすでに持っている」と指摘する。
配送インフラを自前で持っていることで、社会の変化に合わせた新しいサービスを導入しやすい利点もある。
早朝宅配へと出発するコープみらいのトラック。ドライバーは朝4時に出勤して配送へ備える
首都圏が地盤のコープみらい(さいたま市)が17年6月から始めたのが、午前5〜7時の早朝宅配だ。共働き世帯の増加により、昼間は商品を受け取れない家庭が増えている。通常の配送ではスタッフがインターホンを押すが、早朝宅配では玄関に商品を入れた箱を置く。利用者は朝起きてから家を出るまでの間に玄関を開けると、注文した商品が届いているということになる。
早朝宅配は現時点では試験実施という位置づけ。対象は東京都目黒区と千葉県市川市の一戸建て400世帯ほどだが、冷蔵商品の注文が増え、単価も世帯あたり約5%上がった。「早朝は渋滞もなく配送効率も高まる」(同生協の早朝宅配を担当する町田誠氏)といい、今後も対象の拡大を検討する考えだ。
それぞれの生協は別々の組織でも、掲げている「生協」というブランドは消費者からみれば一緒。すべてを足し合わせれば生協の供給高(売上高に相当)は16年度に3兆円を超え、アマゾンジャパンやイトーヨーカ堂を上回っている。一方で「もうかっているか」というと、現実は厳しい。利益を上げることは生協の目的ではないとはいえ、同年度の当期剰余金(最終利益に相当)は337億円と前年より1割超落ち込んだ。
このため、一般の小売企業がそのまま生協の取り組みをまねすることはできない。ただ日本では世界を見渡しても前例のないスピードで少子高齢化が進み、ビジネスの前提が変わりつつある。生協が探る小売りの未来が、企業にとっても大きな意味を持つことだけは間違いない。
生協は隠れた「小売りの巨人」だ
●小売り関連各社の16年度売上高
生協(日本生協連に加入する各生協の供給高の合計) |
3兆101億円 |
イトーヨーカ堂 |
1兆2550億円 |
アマゾンジャパン |
1兆2000億円 |
ユニー |
7420億円 |
USMH(傘下にマックスバリュ関東、カスミ、マルエツ) |
6848億円 |
注:アマゾンは推計。USMHはユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス。生協は供給高、イトーヨーカ堂とUSMHは営業収益、ユニーは営業総収入で比較
INTERVIEW 日本生協連の本田英一・代表理事会長に聞く
アマゾンと違い「社会課題解決」優先
生協は小売りを中心に事業を展開していますが、利益を生むことを目的としているわけではありません。もちろん赤字では事業を継続できないので、ある程度の収益は必要になります。ですが、やはり基本となるのは世帯加入率で全体の約38%、総数では約2800万人にのぼる組合員同士がつながり、互いに助け合いながらより良い暮らしを実現する、という精神です。
もっとも、きれいごとばかりを言うつもりもありません。市場や社会の環境が変われば、暮らしの要望も変わります。食の安全への意識の高まりや、高齢化、子どもの貧困など、日本社会には新しい課題が登場しています。生協も取り残されることのないよう、全力で取り組んでいきます。
米アマゾン・ドット・コムが食品宅配に参入していることについて、よく聞かれます。生協関係者がアマゾンを脅威に思っているのは事実ですし、全国の生協をすべて束ねても、商品の調達力やIT(情報技術)の開発力ではかないません。ただ、私たちは社会課題の解決という使命があります。注文から最短1時間で商品が届くアマゾンのサービスは素晴らしいと思いますが、一人暮らしの高齢男性が自宅内で倒れているのを発見するような社会的役割を、どこまで果たすことができるでしょうか。
彼らが悪いわけではなく、戦う土俵が違うのです。利益を追求する民間企業が、社会課題の解決を第一のミッションに掲げるのは難しいでしょう。生協だからこそできることは何か、考え続けていきます。(談)
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