そして、沖縄から「地産エネルギー」の新技術が世に出てきた。消波ブロックに波力発電機を設置すれば、国内の海岸線の1%に設置しただけで原発数基分の発電が可能だという研究が、沖縄科学技術大学院大学の研究チームから発表された。

 久米島では海洋深層水をくみ上げて、温度差で発電する研究が進んでいる。深層水は養殖や農業、飲料水などにも活用され、すでに年間24億円の売り上げと、140人の雇用を生み出している。

近所で電力を回す

 狭く乾いた土地や、台風襲来……。過酷な自然が隣り合わせに存在する。そして、遠方から運ばれてくる化石燃料によるエネルギーは高価な上に、いつ供給が止まるか分からない。

自然の恵みと脅威
自然の恵みと脅威
再エネの最先端を走った宮古島だが、2003年の台風14号で風力発電の風車が倒れ、太陽光パネルを直撃した

 人口5万5000人の宮古島は、早くから再エネに取り組んできた。1990年に風力発電を開始し、94年には日本最大(当時)の太陽光発電所を設置している。だが、2003年には大型の台風14号が島を直撃し、風力発電の風車が太陽光パネルの上に倒壊するという惨劇にも見舞われた。それでも、08年に「エコアイランド」を宣言して、太陽光発電を進める。太陽光や風力からの発電量は激しく上下動する。それを蓄電池にためるなど、住民の利便性に合わせて制御する格闘を続けた。

 だが2年前、宮古島市はエネルギー政策を大きく転換する。東芝など巨大組織と連携してきたが、「住民との距離が遠くなった」(三上暁・宮古島市役所エコアイランド推進課係長)。そこで、東芝との契約を打ち切り、地元企業と組んで住民と連携した再エネにかじを切る。

 ディマンド・レスポンス──。今、宮古島市で進められているのは、自然が生み出すエネルギーを制御する発想から、需要側(住民)が自然に合わせる取り組みだ。そのため、地元企業が「アグリゲーター(まとめ役)」として再エネ発電と住民の間に入り、発電と消費をコントロールする。まずは、夜間の発電で住民の電気給湯器を効率的に動かすシステムを構築する。

 「エネルギー危機が繰り返し襲ってくることが、転換を促した」(三上氏)。台風による停電ばかりではなかった。リーマンショック前の原油高騰で、宮古島のガソリン価格は1リットル200円に達した。タクシー各社は経営の崖っぷちに追い込まれ、ガソリンと電気に加え、プロパンも効率的に利用する「トリプル・ハイブリッド」のプリウスを導入する会社まで出現した。

 そして、小さな島で、民間企業がエネルギーの最先端を切り開く。その代表格が、「島内すべてのEVを売った男」といわれる新城浩司・東和社長だ。10年前、東京から戻って父が経営する自動車の整備販売会社に勤務し始めた。ちょうど原油が高騰し、EVが世に出た頃だった。

<span class="fontBold">EV中心のエネルギー社会を目指す東和の新城浩司社長</span>
EV中心のエネルギー社会を目指す東和の新城浩司社長

 「EVが売れない、という人がいるが、理解できない」。法人客には営業車のうちの1台だけEVを導入してもらい、コストの変化を追っていく。1年後、「もう1台入れるよ」となる。「燃料コストが安いだけでない。アクセルを踏むとそのまま加速する。この体験をするとガソリン車に戻れない」(新城社長)

 キャンプや運動会では、電源として使えるため、販促としてEVを貸し出す。停電になっても、自宅の電源として、冷蔵庫や携帯充電などに電力を流せる。新城社長はEVの本質をこう見抜いた。

電力会社に頼らないEV中心の自家発へ
東和の「電力ハウス」の概念図。
電力会社に頼らないEV中心の自家発へ<br />東和の「電力ハウス」の概念図。
(注:東和の資料・店舗を基に作成)
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 「走る蓄電池」。2年前、店舗を改築した時、EVを中心にした「電力ハウス」を設計した。屋根には太陽光パネルを張り、床下には廃車になったEVの蓄電池を埋め込んで使う。そして、駐車しているEVに充電し、必要な場合は逆に電源として、室内に電力を取り込む。足りない分だけ沖電から購入するため、電力料金は約4分の1に圧縮された。

 新城社長はこのモデルを、島の企業や公民館に導入して、その間をつなげて、電力を地域で融通する構想を抱く。「大きな発電所に頼るのではなく、自分たちで小さな電力グリッドを作る」

 それは、海の彼方からやってくる有限な資源に頼り、大規模発電で住民の利便性を追求してきた世界が、限界に達したことを示している。地域の自然とバランスを取りながら、自ら電力を作り、小さな地域でつなげて融通し合う。そこにエネルギーの未来像がある。EVや再エネの効率が高まれば、それはやがて「日本」という島国にも当てはまるエネルギーの構図となるに違いない。