江戸時代から宿場町として栄えながら、近年は存在感の低下が目立つ品川。長年の課題解決に向けた再開発で、全く新たな3つの経済圏が生まれそうだ。国際ビジネス拠点のライバルはシンガポール、香港だ。

 東海道五十三次、最初の宿場町として名を馳せ、中山道の板橋宿などと並び、約150年前の江戸時代には、「関東屈指の交通の要衝」として、どこよりも栄えた品川。その存在感の低下がささやかれて久しい。

 新宿や渋谷などに差を付けられる決定的な要因となったのは、1964年に開かれた東京五輪と相前後して開通した東海道新幹線と東名高速道路の存在だ。東京の玄関口という存在意義を失った品川は以後、特徴の乏しい街となり、駅別の乗降客数や地価など様々な指標で他の山手線エリアの後塵を拝するようになった。

 そんな品川で今、実に「150年ぶりの復権」に向けた動きが本格化している。その一端は東日本旅客鉄道(JR東日本)とトヨタ自動車の対話からも垣間見ることができる。

 「鉄道は車輪、自動車はタイヤという違いはあっても、同じ“輪っぱつながり”で親近感がわきます」「ところでオフィスに求める条件は何ですか」──。

“疎遠な2社”が接近する理由

 JR東日本の再開発担当者らが、東京ドーム(東京都文京区)にほど近いトヨタの東京本社を訪れたのは今春に入ってから。両社はどちらかと言えば“疎遠な関係”だった企業。東京本社とは別に、愛知県豊田市に正真正銘の「本社」を構えるトヨタにとって、JRグループでは東海旅客鉄道(JR東海)の方がなじみ深い。

 にもかかわらず、ここへきてJR東日本とトヨタが対話を始めた背景には、品川駅周辺の再開発がある。

五輪後も続く再開発事業
●品川駅周辺から都心に向け予定地を望む
JR東日本が再開発を予定している車両基地の全景。周囲には京浜急行電鉄、西武ホールディングスなども広大な敷地を持つ。ヒト、モノ、カネの流れが変わり、首都・東京の魅力を底上げする(写真=竹井 俊晴)