
だが、インフラ整備が始まったのはここ5年ほどのこと。以前の道路は車が走れば土埃(ぼこり)がもうもうと上がり、雨の日にはぬかるみができて、冬場の移動は困難な状態だった。アパートも旧ソ連時代からのボロボロの木造住宅が多く、集落全体が褐色で暗い雰囲気を漂わせていた。ロシアからすれば北方領土は最果ての地。手厚い「僻地手当」を支給して、住民の流出を辛うじて食い止めていた。未開発がずっと続いていた理由には、「いつ日本に返還してもいいように」とのロシア側の思惑があった、との見方もある。

それがいよいよ、択捉・国後・色丹(しこたん)の3島で開発ラッシュを迎えている[歯舞(はぼまい)群島には一般住民は住んでいない]。住宅は思い思いの色のペンキで塗られ、街全体がメルヘンチックな雰囲気を醸す。根室港から国後島までは船で5時間ほどだが、完全に異国の情緒だ。国後島を管轄する南クリル行政府の責任者は、開発への意気込みを強調する。
「年1億ルーブル(約1億7300万円)の住宅予算を確保し、アパート8棟の建設と古い住宅の改装を実施している。街が新しくなれば、若い人がこの地にとどまることができる」
インフラ整備はロシアの国家プロジェクトとして実施されている。2007年から始まったクリル(千島)社会経済発展計画だ。同計画は2025年までの計画で、投資総額は計1210億ルーブル(約2093億円)に膨らんでいる。
中心街の道路工事現場では、中央アジア系らしき肌の黒い作業員を目撃した。記者は過去にも択捉島で韓国人、色丹島で北朝鮮人を発見している。彼らはロシアの土木関連企業に雇われている季節労働者だ。アジアの労働者を北方領土に入れることは、日本に対する当てこすりのようにさえ思える。
大型機が離着陸できる空港も

場所は変わって国後島から船で8時間の距離にある択捉島。ここではさらに大掛かりなプロジェクトがいくつも進行していた。目玉が7年の歳月を経て昨秋に完成したばかりの空港だ。滑走路の長さは2400mで、380人程度が乗れるB777型機の離着陸も可能だ。
既に運用がスタートしており、サハリンとの間に定期便がある。空港の完成で冬季も安定的に往来ができるようになった。就航便はほぼ満席状態。「国際空港化の予定はあるか?」と空港責任者に問うと、「あるよ。日本ともぜひ定期便を結びたいね」と返してきた。
「空」に加えて「海」の実効支配も進む。択捉島の内岡港では7つの巨大桟橋が10年がかりで完成したばかり。訪れた時は工事の最終段階で、冷戦期に打ち捨てられた座礁船(記事冒頭の写真は国後島沖)の撤去作業と浚渫(しゅんせつ)工事の真っ最中だった。桟橋の完成で大型客船の着岸が可能になった。海外と結ばれると工事関係者以外に観光客も島に入ってくる可能性がある。
既に、択捉島にはホテルが3軒存在し、バックパッカーらが島に入ってきているという。あるロシア人は「米国、韓国、ブラジル人などが入っている。島には泥温泉があり、みんなそこを訪れている」と明かした。
ロシア人以外の流入者が増えることは、領土交渉の大きな障害になる。ロシアの実効支配が国際的に既成事実化していくからだ。
外務省は現在、日本人が「ビザなし」以外の手段で北方四島に入ることを原則、禁じている。領土問題が解決しない以上、日本は手出しができないのが実情だ。
北方領土は、世界的にも貴重な「未開の地」である。北方領土の占領後、最近まで、図らずもロシア側の開発はさほど進まなかった。その結果、手付かずの大地が残された。
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