もっとも渋谷のような繁華街の道路渋滞は解消しそうにない。有力な解決策は鉄道などの公共交通で人が足を運ぶ街を作ることだ。世界が注目する「公共交通指向型都市開発(TOD)」と呼ばれる手法で、これだけの規模の計画は世界でも例がない。
有力デベロッパーが注目するもう一つの理由は渋谷の回遊性だ。人が駅周辺だけにとどまるのでなく、宮益坂や道玄坂といった駅から10分ほど歩く地点にも繰り出す。「点ではなく面で発展している街」が渋谷。限られた敷地の再開発を得意としてきた海外大手デベロッパーは人が駅から四方八方に散らばり、交錯する街がターミナル駅の再開発でどう変わるかに興味を持つ。
ライバルとの競争で活性化
「駅の再開発によって特徴である回遊性が低下するのではないか」。地元はこう懸念する。宮益町会の小林幹育会長は「再開発後に人が駅の周辺だけに集う街になったら困る」と話す。 4月上旬、東急電鉄都市開発部門の集会で、幹部からカミナリが落ちた。 渋谷駅から徒歩3分ほどにある宮下公園周辺整備の候補事業者が3月に決定。東急電鉄もプロポーザルに参加したが、選ばれたのは三井不動産だったからだ。「最近、渋谷の不動産がガンガン買われている。そこに大手の三井不動産の本格参入が決まったため、集会はピリピリしたムードだった」と参加者の一人は明かす。 もっとも三井不動産というライバルの出現は渋谷にとってはプラスに働く。渋谷が「若者の街」と呼ばれるようになったのは、西武グループによる西武百貨店(1968年)、パルコ(73年)の開業に端を発している。渋谷は東急と西武がそれぞれ人を集めようとしのぎを削ったからこそ人が回遊するようになり、それがカオスな街を形成した。 カオスな街づくりは今後も進む。その中でヒントを得た若い企業が新たなビジネスを創出、東京に新たな価値を生むだけでなく、日本経済を引っ張り、産業構造の転換をも促す。そんなシナリオを実現すべく「渋谷発トリクルダウン」は動いている。東急電鉄が鉄道網の「扇の要」と位置付ける渋谷。再開発が進展するにつれ分譲マンションの価格は上昇の一途をたどっている。「ファミリータイプならまず『億ション』を覚悟した方がいい」と地元の不動産業者は言う。
こうした中で不動産調査を専門とする東京カンテイの井出武・上席主任研究員はその渋谷駅から西に延びる東急線沿線で進む開発に注目している。「この数年で東急沿線のマンション、戸建て開発が復活してきた。渋谷駅から1駅か2駅電車に乗れば、決して安くはないが手に届かなくもないマンションや戸建て住宅に住むことができるようになっている」。

サイバーエージェントは勤務するオフィスの最寄り駅から2駅圏内に住む正社員に対して住宅補助を出す制度を整えている。例えば渋谷本社に勤務していれば東横線なら代官山、中目黒、田園都市線なら池尻大橋、三軒茶屋周辺に住む社員には月3万円が支給される仕組みだ。渋谷ヒカリエに本社を移転したDeNAは、引っ越しを機に、渋谷区内など近隣に住む正社員に対してやはり月3万円を補助する。
東急の長年の悲願
世界の先進都市では人が都市に住み、働く「職住近接」が一般的になっているが、渋谷は一歩先を行く。建築・街づくりの権威である内藤廣・東京大学名誉教授は「21世紀型のライフスタイルは職住に加えて、文化や消費に支えられた情報が街にあること。その意味で渋谷にはポテンシャルがある」と語る。職住に「遊」が加わるのが渋谷だという意味だ。
東急はもともと「職住近接」を開発の原点としてきた。同社が60年前から開発を進めたニュータウン「多摩田園都市」は豊かな住宅環境とオフィスなどの都市機能を計画的に配置しようというものだった。
しかし田園都市は結果的にベッドタウンとして発展。そこから電車に揺られて都心に通う今日のライフスタイルを定着させてしまった経緯がある。
「職」と「遊」を備えた渋谷と「住」を備える代官山や中目黒など。広域の「渋谷生活圏」誕生は東急の長年の悲願を達成しようという計画でもある。
(日経ビジネス2015年6月1日号より転載)
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