科学者が市民に語りかける

山口:そうそう、CERN-グラン・サッソ間のニュートリノ通信といえば、2011年に行なわれた実験で「ニュートリノの速さは光速を超えるという結果が出た」と発表されて大騒ぎになりましたね。

梶田:あれは翌年に否定されました。

山口:はい、ちょっとひと安心しました。「光は万物の中で最も高速」としたアインシュタインの相対性理論を覆して新しい物理学を創り直すのは、とんでもなく厄介ですから。

梶田:そうですね。ちょっと人騒がせで、たぶん研究者サイドはそこまでセンセーショナルには発表していなかったと思います。だけどメディア側が飛び付いてしまったんだと私は解釈しています。

山口:やはりメディア側に科学的な知識を有し、丁々発止で科学者と対等に話すことができる力量のある人がいる社会であってほしい気がします。それこそ素粒子に限らず物理学、あるいは物理学に限らず、科学の博士号を持った人がどんどん社会に出ていって、具体的に社会を創り上げる一員になっていってほしい。

梶田:それは本当にそう思いますね。

山口:科学が社会を損なうような「トランスサイエンス」問題が立ち現れたとき、日本は未だにそれを乗り越えるような市民社会を築けていません。東電原発事故の後ですら、科学者と市民とが同じ共鳴場で議論し、根本原因を明らかにするという営みが未だに行なわれていないのです。その不作為は、国や企業の研究軽視と根っこを同一にすると私は思います。

 だから市民は、科学者をシビリアン・コントロールするなんて物騒なことを考えずに、むしろ科学者のところに自ら出かけて行って対話する。それと同時に科学者は、社会のさまざまな場に具体的に参加する。そんな社会が到来することを、私は願ってやみません。

 実際、梶田さんは、ノーベル賞受賞以後、積極的に市民のところに出かけていき、語りかけておられます。今日は、そんな梶田さんと率直な対話をさせていただいて、あらためて基礎研究の社会的重要さを痛感いたしました。本当にありがとうございました。

(写真:栗原克己)
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(この項終わり)

『物理学者の墓を訪ねる ひらめきの秘密を求めて』
最も偉大な物理学者が眠るのは遊び心満載の“遊園地"だった

 「ニュートンが万有引力の法則を発見した瞬間」「湯川秀樹が中間子を思い付いた瞬間」――。偉大な物理学者たちによる「創発」は、いかなるプロセスから生まれたのか。著作や論文にも記されていないひらめきの秘密は、「墓」にあった。

 物理学者の墓石に刻まれた文字からは、生前の業績だけではなく、遺族や友人たちの思いや、亡くなったときの時代背景などが浮かび上がってくる。自らも物理学者であり、数々のベンチャー企業を創ってきた筆者が、世界を変えた天才たちによる創発の軌跡をたどるとともに、現代のイノベーション論にも言及するスケールの大きな著作。