山口:文部科学省の再就職あっせん問題で氷山の一角が露呈しましたが、研究をしたこともなく業績もない官僚が大学に教授として天下りする状況がはびこっているのは、国がどんどん大学を管理したがっているということでしょう。

 国立研究所も同様です。かつて物性物理学の世界だと電総研(電子技術総合研究所)の研究者たちは世界でトップレベルの研究をしていました。ところが、当時の通産省から制御不能に思われたのか、さまざまな研究機関と統合して産総研(産業技術総合研究所)になり、結局のところそこには世界のトップランナーはいなくなりました。

山口栄一氏
山口栄一(やまぐち・えいいち)
京都大学大学院総合生存学館(思修館)教授。1955年福岡市生まれ。専門はイノベーション理論・物性物理学。1977年東京大学理学部物理学科卒業。1979年同大学院理学系研究科物理学専攻修士修了、理学博士(東京大学)。米ノートルダム大学客員研究員、NTT基礎研究所主幹研究員、フランスIMRA Europe招聘研究員、21世紀政策研究所研究主幹、同志社大学大学院教授、英ケンブリッジ大学クレアホール客員フェローなどを経て、2014年より現職。著書多数。(写真:栗原克己)
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 しかし、研究は世界最先端でなければ意味がありません。そのためには未踏分野に挑戦し続けなければ、日本の科学の未来はありません。

梶田:そうですね。研究者はもちろん、やるときはやらなければいけない。ただ24時間、働き続けるのではない。少し余裕を持つことを許してもらうような、そのくらい余裕がある社会に日本がならないとだめです。ムダを省くという掛け声だけでやっていたのでは立ちいかないと思います。

科学者が信頼されなくなった2つの事件

山口:たとえば基礎研究はムダだと官僚も企業も思っているかもしれませんが、ムダではないし、むしろそれこそが本当に大事だということですね。このことは、私が「トランスサイエンス」の問題として考えていることと関わります。

 1972年、アメリカの物理学者アルビン・ワインバーグは「科学に問うことはできるけれども、科学が答えられない問題」を「トランスサイエンス」と呼び、これからの社会で問題になると指摘しました。

 東電が引き起こした福島の原発事故はその代表例で、実際にワインバーグは「原発において複数の安全装置が同時に働かなくなるような事象は、科学者が答えられないトランスサイエンス問題だ」と予言し、「だから前もって市民も参加して、起きたときの解決策をどうすれば良いかを一緒に考えなくてはならない」と述べました。ところが日本では、当初「原発は絶対に安全だ」と言って議論を封じていた「原子力村」の科学者たちが、この過酷事故が起こった途端、総ざんげを始めた。ついに、日本では科学者全体が市民から信用されないという状況を招きました。

梶田:もちろん原発問題もありますが、もう1つはやはり「STAP細胞」の問題でしょう。恐らく、この2つの件で科学者が信頼を失ってしまったのではないでしょうか。

山口:STAP細胞の当否は実のところよく分からず、10年後、15年後にようやく帰結するような問題かもしれません。梶田さんのように10年間ずっと検証し続ける。そして確かだと思ったら公表するという態度が必要だと思いますね。

梶田:はい。その態度の問題だと、私は思います。

山口:態度ですよね。STAP細胞を理研の宣伝に使おうとするような政治的態度こそが問題の核心だと思います。だから私は梶田さんがニュートリノ振動の証明のため10年間ずっと辛抱したというのは逆にすごいことだなと思います。