根岸:私のクロスカップリングの発想は、1つは、100以上の元素が並ぶ周期表を見渡して、その中で最適なものを使う。もう1つの大きなポイントは触媒です。カップリングでも簡単なアルキルなどは触媒なしでいけるわけです。その域をちょっと出ると、もう触媒なしには立ちいかなくなる。自分は変化しないという性質を持つ触媒を見つけ出し、この触媒で物質同士をつなぎ込んでいくというプロセスは、化学者としての勘が重要になります。

山口:根岸さんは、1972年にパデュー大学からシラキュース大学に移られた後、1979年に恩師のハーバート・ブラウン教授に招かれパデュー大学に戻って教授になられていますね。すると、クロスカップリングの発想はシラキュース大学時代に生まれたのではないかと想像します。いかがでしょうか。

(写真:栗原克己)
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根岸:シラキュース大学に行った1972年に、自分はこういうことをするというアピールをして採用してもらいました。今の形のクロスカップリングの最初の部分ができたのは1976年です。

山口:なるほど、最初に自分のゴールというかビジョンを提示された。これはすごいことだと思います。できるかどうか分からない。もしできなかったら、ほら吹き扱いされてしまいます。最初にパラジウム触媒下で、アルミニウムや亜鉛を用いるクロスカップリングを発見された後に、鈴木章さん(北海道大学名誉教授)がやはりパラジウムを触媒にしてホウ素を用いたクロスカップリング(鈴木カップリング)を発見された。そして2010年に、根岸さん、鈴木さんは、リチャード・ヘックさん(デラウェア大学名誉教授、故人)と共にノーベル化学賞を受賞されます。

ノーベル賞の光と影

根岸:本当に不思議なことが起きるものですね。というのも、ヘック先生はクロスカップリングとも、いわゆるヘック反応とも関係がないんです。

山口:そうですね。あれは妙だと私も思います。

根岸:ヘック先生のノーベル賞受賞の理由は、ヘック反応の本質的な改良版である溝呂木カップリングです。ヘック先生は1968年ごろ、企業からデラウェア大学に移るときに、パラジウムを使って炭素-炭素結合を作るという論文を10~20本出された。しかし、それは触媒反応ではなく、パラジウムを1当量(反応する有機物と同じ物質量)も消費します。これでは、工業的に全く使いものになりません。

山口:パラジウムは価格が高いですからね。今では銀の約50倍、プラチナの価格に匹敵するほどです。

根岸:それがオリジナルのヘック反応です。それを東京工業大学にいた溝呂木勉先生が改良して3年後の1971年に、いわゆるヘック反応を発表しました。