根岸:私の指導教授のアラン・デイ先生は有機合成が専門ですが、もうすっかりご隠居ムードで、極端にいうと何も教わりませんでした。だから私は自分で自由にテーマを選べた。私が提案したテーマは、いってみれば今のクロスカップリングに近いものでした。
山口:論文のテーマも自分で切り開いた。
根岸:そうです。だから何も教わらなかったのが逆に良かったという気がします。博士の学位を取るのに3年かかりました。
山口:普通、アメリカの大学院は5年ですよね。3年は早いですね。
根岸:そうじゃないとフルブライトの給費が終わってしまう(笑)。それで1963年に帝人に戻って、伸び縮みする繊維を開発しました。最初にデュポン社が発明した原理に従った帝人のオリジナルです。ところが最後の重役会議で製品化を見送ることになった。そのとき思ったんです。会社では自分の思うようにはできないんだな、と。
山口:ついに1966年に会社を辞める決意をされる。相当の覚悟だったと思います。
根岸:いや、キザな言い方ですけど、その時点で私は自分のサイエンティストとしての将来に大きな自信を持っていました。
天才性を要する学問
山口:つくづく思うのは、化学者と物理学者の決定的な違いです。物理学者は理論的に攻めていけばできます。化学者はその人にしかできないことがある、という意味で芸術家のような天才性を要するように思います。根岸さんのクロスカップリングという発想自体が天才性だし、それをやり遂げるのも天才性です。物理学者には後知恵で理論は作れるけれど、その独創のまねができません。
根岸:物理学者は頭が良いんです。
山口:だから量子力学に縛られて、ある種の自由度がない。パラジウムを触媒にして2つの有機物の炭素同士をつなぎ込む、なんていう独創をするときに、いちいち量子力学なんか考えませんものね。いったいどのように思い付かれたんでしょうか。
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