社会を根底から変える可能性

山口:問題は企業にもあると思います。私が見る限り、今の企業は昔に比べると、リスクに挑戦しなくなりました。

天野:いま企業がリスクに挑戦するのは、難しいでしょうね。

山口:何が企業の変化を妨げているんでしょうか?

天野:仕組みでしょうね。やっぱり定常的に動いているものを変えようと思うと、大企業はなかなか慣性が大きすぎるんじゃないですか。

山口:つまり今、イノベーションがなかなか起きにくい環境に大企業がある。リスクを取らない大企業が日本社会の主役になっていて、イノベーターたるベンチャー企業がほとんど生まれなくなってきています。

天野:うちは幸いにして、窒化物半導体を使ったベンチャーが1つできています。フォトカソード(半導体光陰極)を備えた電子銃です。フォトカソードもいろいろ調べると、窒化物半導体が一番いい。あるいはトヨタ自動車から名古屋大に専任教授として来ていただいていて、パワー半導体で「プリウス」を動かそうと取り組んでいます。近い将来、多分プリウスが動きますよ。

山口:それはすごいですね。天野さんが今手掛けられている窒化ガリウム基板上の窒化ガリウム(GaN on GaN)を用いたパワートランジスターの展開はどうでしょう?

天野:GaN on GaNは、例えばLEDにしても電流を光に変換する効率が落ちることがほとんどなく、最も素晴らしいことは分かっています。しかしやっぱり価格ですね。

山口:窒化ガリウム基板の価格?

天野:ええ。窒化ガリウム基板はどうしても今の技術だと値段が高くなります。文部科学省のプロジェクト(省エネルギー社会の実現に資する次世代半導体研究開発)でやっているのは、それをいかに安く作るか。ターゲットも決まっていて、今6インチで100万円ぐらいする窒化ガリウム基板の価格を2万円にする。それが我々の狙いです。

山口:実現すれば新産業が起きますね。半導体産業で日本は大きく陰りを見せていますけれども、シリコンの跡を継ぐ半導体は窒化ガリウムだと私は思っています。最終的にはGaN on GaNでしょうね。

天野:ありがとうございます。GaN on GaNのパワーデバイスは、社会で電気を使うもの全部に使われます。だから社会システムを根底から変えることもあり得ます。これが産業になれば経済も再活性化して、GDPも伸びますよ。車はもちろん、電車や飛行機にもぜひ載せたいんですよ。JAXA(宇宙航空研究開発機構)がすごく興味を示してくださって、一緒にやり始めています。

山口:それはすごい。

(写真:上野英和)
(写真:上野英和)

天野:窒化ガリウムは耐放射線性もSiC(シリコンカーバイド)と比べても結構いいので、飛行機、それからロケットにも使えます。

山口:ICを作ってもいいでしょう。もし窒化ガリウムICによって、超高温・超高放射線下でも動くコンピューターができれば、宇宙のみならず原子炉の中でも動かせる。だから天野さんへの期待は、これからどんどん大きくなると思います。

次回に続く

『物理学者の墓を訪ねる ひらめきの秘密を求めて』
最も偉大な物理学者が眠るのは遊び心満載の“遊園地"だった

 「ニュートンが万有引力の法則を発見した瞬間」「湯川秀樹が中間子を思い付いた瞬間」――。偉大な物理学者たちによる「創発」は、いかなるプロセスから生まれたのか。著作や論文にも記されていないひらめきの秘密は、「墓」にあった。

 物理学者の墓石に刻まれた文字からは、生前の業績だけではなく、遺族や友人たちの思いや、亡くなったときの時代背景などが浮かび上がってくる。自らも物理学者であり、数々のベンチャー企業を創ってきた筆者が、世界を変えた天才たちによる創発の軌跡をたどるとともに、現代のイノベーション論にも言及するスケールの大きな著作。

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