山口:でも初めて窒化ガリウム系に対してこのバッファー層法を適用するには勇気がいると思います。

天野:んー、それどころじゃなかったかもしれません(笑)。だって博士課程は3年間ありますけれども、修士課程の2年間に1回もきれいな結晶はできていないんですよ。当時は3本論文を書かないと博士号が取れなかった、とにかく何か成果を出さないといけないわけです。だから勇気とかじゃなく、アイデアがあったら何でも試してみようという必死な気持ちですね。

天野浩氏
(写真:上野英和)

山口:勇気を超えた何かですね。誰もやったことがないわけですから、できるかどうか分からない。そのチャレンジには相当覚悟がいるだろうと思います。

天野:普通に生活していたら覚悟はいるでしょうね。それを振り切っちゃったというか。

山口:振り切っちゃって覚悟を突き抜けた。

天野:突き抜けています。とにかく何かやらないと学位を取れないという切羽詰まった気持ちだったんじゃないかな(笑)。一発でできました。

山口:それはすごいことですね。

スウェーデンのストックホルム大学で行われたノーベル物理学賞の受賞記念講演
スウェーデンのストックホルム大学で行われたノーベル物理学賞の受賞記念講演(写真:日経エレクトロニクス)

天野:ラッキーだったんですね。あれを改善していたら少しずつできていたんでしょうけど、一発目の条件が一番合っていた。その後、繰り返しましたけど、やっぱり最初に作ったのが一番すごかったんですよ。それはちょっとスピリチュアルな言い方ですけど、窒化ガリウムとの対話をずっとやってきて、その勘所はここだというのがあったと思いますね。

山口:それがノーベル賞につながると当時、思われましたか?

天野:いや、全然。これでようやく論文が1本書けるなと(笑)。

物質が語ってくれる

山口:天野さんの2つ目の大発見は、p型(半導体)の実現です。p型ができなければ、窒化ガリウムで実用に耐える青色発光デバイスは作れませんからね。

天野:ええ、きれいな結晶ができた次は、もうp型で半導体レーザーをつくることを考えていました。当時はp型にするには亜鉛を添加することしかできなくて、結晶成長のとき、いろいろな条件で亜鉛を添加して実験をしても、3年間全くできませんでした。