それにしても、こうして「113番元素」の合成(発見)実験の開始から9年かけて作り出したのは、たったの3個のみ。その3個を作り出すために、世界最高性能の加速機から1秒間に2兆4000万個のペースで亜鉛(第30番元素)の原子核を打ち出し、厚さ2000分の1mmのビスマス(83番元素)の金属板に衝突させ続けてきたのだから、いかにこの仕事がとんでもないことかわかる。

 打ち出した亜鉛の原子核とビスマスの原子核が、それぞれ中心にぴったりと衝突してくれれば、やっと「113番元素」ができる(核融合)。
 「宝くじの1等に当選するより難しい」のが、2つの原子核がぴったりと合体して「113番元素」ができる確率だ。何兆分の1、いや何京分の1の確率だった。もし理化学研究所の加速機の性能が悪ければ、3個を得るためには9年どころか100年を要しただろうと言われている。

 ちなみに、合体してできた113番元素は、1秒間に2.4兆個も入射している亜鉛のイオンと同じ方向に飛び出していく。
 その膨大な亜鉛イオンの中から数カ月にたった1個しかやって来ない113番元素を選び出すのは至難の業。

 これらを可能にしたのが「GARIS」(ガリス)と呼ばれる装置で、森田さんらが1から設計、建設、調整を行ってきたのだ(ありがとう!)。

亜鉛の原子核とビスマスの原子核が、宝くじに当選するより低い確率でぴったりと合体したあと、瞬時に別の物質へと変身し続けていく様子。その変身の経緯を正確に検出するセンサー(位置敏感型半導体検出器)は、森田グループならではのアイデアで開発・製造、使用されてきた。(出典:理化学研究所)
亜鉛の原子核とビスマスの原子核が、宝くじに当選するより低い確率でぴったりと合体したあと、瞬時に別の物質へと変身し続けていく様子。その変身の経緯を正確に検出するセンサー(位置敏感型半導体検出器)は、森田グループならではのアイデアで開発・製造、使用されてきた。(出典:理化学研究所)
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 巨大な実験装置(加速機など)を動かした合計時間はじつに570日。
 1秒間に2兆4000万個の原子核の照射を、断続的ではあるが合計570日も続けるという気が遠くなるほどのことをやってきたのだ。こうして1000万分の1ミリメートル(0.1nm)のそのまた1万分の1ほどの大きさ(8fm)の粒である「113番元素」が3個だけ作り出せたというのだから、あらためて気絶しそうになる。

 といった仕事の片鱗を知り、当然ながら「いったい、そりゃ何なんだ?!」という思いがした。その経緯を知り現場を見たい……。そこで、理化学研究所に森田さんを訪ねたのである。
 森田さんは、長年にわたる努力と工夫、熱い、そして悲しいエピソードも話してくれた。

 周期表に新しい元素を書き加えるためには、厳しい審査が行われる。
 「113番元素」が「ニホニウム」としてデビューできるまでには、3個目を手にしてからさらに4年を要したのもそのためだ。

 「ニホニウム」という元素名が公開されたが、これから半年ほどは異議がないかの意見を募るため(パブリックレビュー)、正確には「ニホニウム」が決定したわけではない(確定は間違いないが)。しかし、2016年6月8日という日が、森田さん、プロジェクトチームの若い研究者たち、装置を常に最高状態にメンテナンスし続けたエンジニアたち、ひいては理化学研究所、日本の科学界にとってまばゆいばかりに輝ける日となったことは間違いない。

 「113番元素」のプロジェクトは2012年10月1日に終了しているが、その後「119番元素」など次の合成(発見)に向けての実験は続いている。

当コラムの担当者が、パソコンで「にほにうむ」を変換したところ「二歩に産む」となりました、と伝えてきた。2012年に森田さんを訪ねた際には、すでに113元素の次、2歩目に踏み出していた。
当コラムの担当者が、パソコンで「にほにうむ」を変換したところ「二歩に産む」となりました、と伝えてきた。2012年に森田さんを訪ねた際には、すでに113元素の次、2歩目に踏み出していた。

次は「究極の173番元素」

 そして、さらなる課題、究極の挑戦も。
 「101~103番元素」は重元素、「104番元素」以降は「超重元素」と呼ばれる。数字が大きくなるほど「重い」が、理論上の限界は「173番元素」だという。森田さんは、次の世代が、その「究極の元素・173番元素の合成(発見)」を手にしてほしいと願っている。

「ニホニウム」のデビューを祝し「周期表ネクタイ」を締めてうきうきと外出した山根。「113番元素」の成功を祈願して数年前に入手したものだが、ぜひ「113番入りネクタイ」を作って下さい。(撮影・山根事務所)
「ニホニウム」のデビューを祝し「周期表ネクタイ」を締めてうきうきと外出した山根。「113番元素」の成功を祈願して数年前に入手したものだが、ぜひ「113番入りネクタイ」を作って下さい。(撮影・山根事務所)

 「113番元素」は、1000分の2秒後には別の物質に変わってしまうので、社会に役立つ元素ではない。それを売れば儲かるというものでもない。しかし、カネという尺度では測れない、永久に世界の歴史に記される価値、栄光を日本は、森田チームは手にした。それを知った多くの若い世代は、わくわくする思いで科学への道を選ぶに違いない。
 それが、ひいては日本の国力、そして新たな富の源泉にもなると私は信じている。