日付が変わり2月12日になった直後の深夜、原稿を書いていたところポーンとPCのメール着信音が鳴った。科学雑誌『Nature』からのニュース・レターだった。
ん?「Breaking News」とある。
後に世を大きく騒がし続けたあの「STAP細胞」をまっ先に伝えたのも、同じこの『Nature』の「Breaking News」だった。もっとも『Nature』に載る科学論文は専門家以外には容易に理解できない内容なので、先端の「Breaking News」と言われてもピンとはこないことが多い。
今回の「Breaking News」の見出しは、「Einstein's(アインシュタインの」で始まっていたので、とっさに、今年は「アインシュタインの一般相対性理論が誕生して100周年だったなぁ」と思ったのだが、その後の3ワードを読み、ひっくり返りそうになった。
nature
BREAKING NEWS
Einstein's gravitational waves found at last
(ついにアインシュタインの重力波が発見された)
心臓が高鳴り、手が震える
アメリカのLIGO(レーザー干渉計重力波天文台)が発表したとある。
た、た、大変だぁ!!
大声で誰かに伝えたい思いにかられたが、深夜ゆえ仕事場(山根事務所)は私一人。
心臓が早鐘のように鳴り始めた。
ニュースに接して手が震えるなんて、数度しか経験したことはない。
私にとって重力波の発見が「大変だ!!」の理由はいくつかある。
- 1)アインシュタインの一般相対性理論で予想した重要な物理現象であること。
- 2)だが、この100年間、確認できなかった最後の課題であること。
- 3)重力波は空間をゆがませるが、それは想像を絶するほどとてつもなく小さいこと。
- 4)よって重力波をとらえるなんて、まず、不可能じゃないかと思っていたこと。
- 5)この分野では日本が新しい観測装置で観測を開始する直前であること。
- 6)そして、日本がその初観測をなしとげてくれればなぁと期待していたこと。
重力波は「波」の一種だが、100年間、発見されなかったほどの「波」なのだから、私たちにとって身近さはゼロだ。「そりゃ、一体何だ?」と、わからなくて当然(私だって、よくわかっちゃいない)。だが、「大変だ!!」ということはわかる(という思いで、このコラムを書いています)。
「電波の発見」に匹敵
専門家も、重力波をわかりやすく伝えるのには苦労しているようだが、以下は、とってもわかりやすい説明です(「KAGRA 大型低温重力波望遠鏡」のウェブサイト)。
人類は、太古よりつい最近まで可視光でしか自然を観察できませんでした。しかし19世紀に入って電波やX線が発見されると、遠くに一瞬で情報を伝えたり、人体や物質の中の様子が観察できるようになりました。そのため今まで全く未知だった世界への扉が開かれ、人類の知識の増大・世界観の変化に大きく役立ちました。
そう、電波(電磁波)という「波」だって、人は152年前までは存在すら知らなかったのだ。
1864年 英国のマックスウェルが電波(電磁波)の存在を理論予想。
1888年 ドイツのヘルツが電波を飛ばす実験に成功。
1895年 イタリアのマルコーニが無線による通信に成功。
1895年 ドイツのレントゲンがX線の存在を実験で報告。
電波もX線も、かつては存在すら知られていなかった「波」(電磁波)だが、今、一般の人たちはその理論なんてまったく知らなくても、テレビ、スマホ、カーナビ、がん検診と、これらの波なしにはあり得ない日々を送っている。
その後も赤外線・紫外線やガンマ線など、次々と新しい「観測手段」が発見されるごとに、未知なる世界が人類に解き放たれています。これらはすべて「波動現象」を利用した情報伝達による自然観察と言うことができます。従って電磁波と同じ「波動現象」である「重力波」も、この歴史にならって新しい観測手段となり人類に未知なる世界を垣間見ることを可能にするであろうと期待されるのです。
この説明を拡大解釈するなら、重力波の観測・発見は、電波の発見に匹敵するほど、「大変!!」なことなのだ(と、私は受けとめた)。
ここで大事なことは、「重力波」は「波動現象」ですが、人類が今まで発見し道具としてきた「電磁波」の仲間とは大きく異なる特徴を持つという点です。その名が示すとおり、重力波は「重力」を発生する起源である「質量」が運動することで発生します。
とてもわかりやすい日本語だが、急に「??」の世界に突入だ。
わからないまま先に読み進むと……。
その「質量」というものは、「時空」の構造という物理学の一大テーマを決定するために非常に重要な要素です。このことが「重力波」を使った自然の観察が、「電磁波」の仲間を使った観察と根本的に異なる世界(それがなんだかわからないところがもどかしいですが)を切り開くという期待をより一層高める要因ともなっています。
ますます??だが、重力波の研究当事者が、「それがなんだかわからないところがもどかしい」と述べているくらいなので、専門外の人には(私も含めて)わからなくても恥ずかしいことではない。
アインシュタインの「宿題」
では、重力波の研究者たちが、重力波の研究で目指しているものは何なのだろう?
科学者たちが期待しているものは、
アインシュタインの一般相対性理論の検証
宇宙誕生のより初期の情報の取得、および宇宙重力波背景放射の検出
非常に強い重力場での物理現象の観察
などです。
なるほど。つまり、新しい物理学の構築であり、重力波が伝えてくる情報を手がかりに観測不能だった宇宙誕生時の姿を明らかにしたい、ということになる。
重力波の伝達速度は光や電波と同じだが、重力波はどこまで進んでも減衰せず、あらゆるものを突き抜けていくという。となれば、ぶっ飛んだ夢を語ると、これから50~100年後、宇宙のあちこちを旅するビジネスマンにとって、電波ではなく重力波を利用する「重力波スマホ」が欠かせないものになる……。
発見×無謀な気概=イノベーション
そんなバカなぁと思ってはいけない。
誰も存在すら知らなかった電波が、「通信に使えるぞ」と、マルコーニが無線機を発明したことによって、ロンドンとパリの株式市場が直結、新しい経済環境が誕生しているのだ(「海底ケーブル」との競争がそれに拍車をかけた)。また、発明からわずか10年後の1905年(明治38年)。日露戦争での日本海海戦では、日本艦隊のみがマルコーニ式無線機(日本製)を搭載していたおかげで、艦隊の通信力によってロシアに勝利しているのだ。
さらに言えば、その無線通信の凄さを知った日本の少年が、後に世界初の電子式テレビを発明するという成果を手にしているのだ(高柳健次郎)。新しい「波」が新しい時代をどんどん拓いていったのだ。
物理学の発見が、後に思いがけないイノベーションをもたらすことは多い。優れた企業は、いち早くそれを取り込んで成長の糧にしてきた。となれば、屋台骨がグラグラのシャープが、「目の付けどころが違うでしょ」と「重力波スマホ」に取り組むくらいの「無謀なる気概」があればいいんですがね。
ともかく、重力波発見の報に震えたのは、私にとっては「電波の発見」と同じくらい「大変!!」と受けとめたからだった。
早速、震える手でキーボードを叩きまくり、深夜の情報収集を開始した。
大事件、大事故、大災害のニュースに接すると、まずは徹底して初期情報を収集するのが常だ。
そのできごとが、いかに大きな衝撃をもって世界に伝えられたかの痕跡は、その発生から時間を経るにしたがって消えていくからだ。
「東日本大震災」の時も、私は約2週間にわたりあらゆるテレビ報道、ラジオ放送、ネット上にアップされる情報を徹底して収集、記録し続けた。その記録がハードディスクに数テラバイト分が残っている。それを見れば、たとえば、当時の民主党がいかに無茶苦茶な対応をしていたかもよくわかる(それは、歴史に残すべき価値がある)。
ウェブ上でニュース検索をしてみると、一部の新聞がすでに第一報を流し始めていた。
「どうやら重力波を観測したらしい」という噂は流れていたため、この日、その発表を待ち構えていた専門家たちもいたようだ。その発表の瞬間の様子はどんなだったのだろう。
テレビでCNNを見たが、シリア問題などを延々とやっていてダメ(アメリカの大成果なのに!)。
「Youtube」をチェックしよう。
大ニュースがあると、しばらく時間をおいてからその関連映像が「Youtube」にアップされることが多い。「gravitational waves found(重力波を発見)」などで検索したとろ、すでにこのニュース関連ムービーが多々、アップされていた。世紀の発表から数時間しか過ぎていないというのに、「Youtube」に接続するたびに、映像が続々と増え続けていくのにも驚いた。
テレビの時代ではないんだなぁということを、あらためて実感した。
そして、「LIGO(ライゴ、レーザー干渉計重力波天文台)」による世紀の発表の瞬間のムービーを、遅ればせながら息をのんでクリック。
ノーベル物理学賞の本命
最初の発表者は、LIGOを代表するカリフォルニア工科大学の物理学者、デビッド・ライツ教授だった。ステージの背景には「National Science Foundation」(NSF、アメリカ国立科学財団)の文字。場所はNSFがあるアメリカの首都ワシントンだったようだ。
4人の発表者の先陣をきって登壇したライツ教授は、ちょっとひょうきんな印象の人でカタブツの物理学者というイメージではなかった。演題に立った彼は、左手のモニターに映し出されている何やら黒い円が2つ並ぶ宇宙画像らしきものをじっと見つめてから(じらすなぁ)、静かに会場に目を向けて、おもむろに、
「レディース&ジェントルマン」
と、語りかける。
さらに、もったいぶった感じにひと呼吸おいて、「私たちは」と、口にし、またひと呼吸。
そして……。
「重力波を観測しました。私たちはやりました」
"we have detected gravitational waves. We did it,"
会場からは割れんばかりの拍手、拍手、拍手、拍手、拍手。
(日本の記者会見のようなカメラのストロボ光の嵐は皆無)
この自信に満ちたワンフレーズを聞いて、私は鳥肌が立った。
それは、人類が初めて月に着陸した瞬間の、アームストロング船長の言葉、
”The Eagle has landed.”
(イーグルは着陸した)
に匹敵するものに思えた。
いや、同じ思いをしたことがもう1回あった。
2012年7月、CERN(欧州原子核研究機構)によるヒッグス粒子発見の発表だ。その発見は、即、ノーベル賞と言われたが、その通りになった。重力波の観測も、今年のノーベル物理学賞は確実でしょう。
世紀の大発見に大興奮、眠気がぶっ飛びPCに齧りついたまま朝を迎えたのだが、重力波の観測がいかに壮絶な仕事なのかを初めてインタビューして、絶叫してしまった16年前のことを思い出していた。それは……。
(次回に続く)
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