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 定着する前にあっけなくブームが去ったミニ四駆を再び伸ばすのは至難の業だと判断し、サイアムタミヤは生き残りをかけ、RCカーの強化へと舵を切った。1台198バーツのミニ四駆と違って、RCカーの価格は1万バーツ以上。当時のタイの初任給が8000~1万バーツであることを考えればおいそれと手に入る商品ではなかったが、ミニ四駆同様、レース型のイベントに力を入れることでファンを着実に増やす戦略を打ち出したのだ。

 「あるラジコンサーキットに商品を置いてもらい、RCカーを走らせるイベントを開きました。単価が高いので当初、ファンは一部の層に限定されていましたが、少しずつ増えて、力のある子も育ってきた。2000年にはタミヤのRCカーを使っていたタイの少年が、RCカーの世界選手権でチャンピオンになったほどです。とはいえミニ四駆のようなブームが起きることはありませんでしたが(笑)」

RCカー用の屋根付き専用サーキットで開催されるレース「TTC」。多彩なタイプのRCカーが速さを競う。

 地道にRCカーの啓蒙活動を進めていた1998年。再び、ミニ四駆ブームが訪れた。予期せぬブームを巻き起こしたのは、またしても日本発のマンガとアニメだ。「コロコロコミック」に連載された「爆走兄弟レッツ&ゴー!!」をアニメ化した番組はタイでも人気に火が付き、大ヒット。再びミニ四駆の売り上げを押し上げた。

ブームの波に翻弄されるのはもうやめよう

 しかし、このブームも短命に終わる。2004年頃には日本で起きた第3次ミニ四駆ブームがタイにも波及し、一時的に売り上げが増えたが、やはりそれも長くは続かなかった。

 ブームが起きては伸び、去れば大幅に下がる。ここでサイアムタミヤは大きく方向転換を図る。

 「外的なブームに左右される悪循環にピリオドを打ちたいと考え、売れても売れなくてもイベントを開くことにしました。実はそれまでは、売れゆきがダウンすると『経費が厳しいから』といって、すぐにイベントを減らしたり、やめたりしていたんですね。しかし、それでは本当の人気にはつながらない。たとえ店に集まってくるのが2、3人であっても、とにかくイベントをやり続けることが重要だと判断しました。幸い、父からは『好きにやれ』と経営を全面的に委ねられたので、思い切ることができました」

 この時期、鈴木氏はもう一つ思い切った決断をしている。百貨店からの撤退だ。
 セントラルやモールグループなど、サイアムタミヤはタイ国内の大手百貨店に10カ所の売り場を構えていたが、そのすべてからさっぱりと手を引いた。