そんななんとも情けない騒動が一部にはあったものの、バンコクは平常運転が続いている。愛する王様なき後、これからのタイがどうなるのかは気になる点だが、私は楽観的に構えている。

 先の食品メーカーの役員はこう言っていた。

 「しばらくは“敬愛する国王が逝去された”ことによる個人的な虚脱感はあるでしょうが、今やタイのビジネスは世界への輸出基地の役目も担っています。個人の虚脱感や悲しみとは別のところで、ビジネスの論理、あるいは責任感を各社・各企業体は持っているわけですから、そうそういつまでも悲しみにくれている状況ではないと思いますね。しばらくは元気のいい掛け声などは聞かれないかも知れませんが、それぞれの役目は地道にこなしていくのではないでしょうか」

怖いのは、リスクを煽る外国メディアかもしれない

 まったくの同感だ。悲嘆に暮れ、悲しみに泣き濡れて、国の活動がおろそかになるほど、タイはやわではない。タイ人のスタッフを抱える人事コンサルタント会社の社長も言う。

 「これを機会に、むしろ結束力を強めて危機を乗り越えて行くのではないでしょうか。タイ人一人ひとりと話していると、こんなことで揺らぐタイ王国、タイ人ではないと感じるほどの愛国心と強さを感じます。ただ海外の報道は先行するので、外からみた風景で過度にリスクと捉えて、タイへの投資を弱めるようなことがないよう期待したいですね」

 そう。冷静に見て、いま一番怖いのは、過渡にリスクを煽る日本を含む海外のメディアだったりする。次の体制でタイがどう変わるのか。どんな影響が出るのか、それはわからない。

 だが、タイは一度も植民地になったことがなく、クーデター、洪水、デモと数年おきに何かが起きてはリカバリーしてきた国だ。

 以前、この連載に登場していただいたガンタトーン・ワンナワス氏も言う。

 「国王はタイの国民のために人生を捧げ、生きてこられた『父』のような方です。王様が亡くなったことで経済や国民が立ち止まってしまうことは、もっとも望んでいないことのはず。国王の思いを受け継いで、僕たちタイ人は前に進んでいくし、むしろこれを 機に、いままで以上にきちんとやっていけるかもしれません」

 普段通りに仕事をし、食事を楽しみ、笑いたいときには笑うタイの人々なら乗り越えていくに違いない。つまり、バンコク繁盛記はこれからも続くのである。