プミポン国王のご遺体が移されるエメラルド寺院周辺は涙を流して嘆き悲しむ人々に包まれたが、私が見る限り、町中ではそうした光景は少ない。粛々と普段通りの仕事に励む人々の姿に、しなやかな強さと、心の深い部分に刻まれたであろう悲しみを感じずにはいられない。
ショッピングセンターや百貨店に出かけてみて、その思いをさらに強くした。
高級ブランドショップの店頭には、黒の服をクールに着こなしたマネキンがディスプレイされ、屋台では黒のTシャツが大量に陳列されている。ユニクロも、店頭にいつも出ている原色の服を黒い服に取り替えていた。
いま黒い服が必要であるならば、この機会を生かし、黒い服の販売に力を注ぐ店とスタッフたち。王様が亡くなったからと店を閉めるのではなく、仕事を投げ出すのでもなく、王様の死を悲しむと同時に経済活動に勤しみ、いまこのときの需要を逃さない。極めて健全な都市の光景がそこにあった。
プミポン国王は本当にタイの人々に愛されてきた。こんなに支持され、慕われてきた王様がいただろうか。強い敬愛の念を抱いてきた王様が亡くなっても、人々の暮らしぶりや企業活動は変わらない。タイはたくましい。
精肉、水、トイレットペーパー…
一番パニックに陥っていたのは、日系企業の駐在員家族かもしれない。
10月13日の午後。王様はもう危ないのではないか。そんな噂が飛び交い始めたころ、日本人向けのスーパーマーケットに駐在員の家族とおぼしき主婦層が殺到し、買い占めに走っていることをFacebookで知った。
米、カップ麺、水、トイレットペーパー、肉。必需品が飛ぶように売れ、棚から商品が消えているという。
翌日にそのスーパーに行ってみて、噂が本当だったことを知った。精肉類はごっそり品切れし、棚はほぼ空っぽ。日持ちのする水やトイレットペーパーは補充されたのか、在庫は持ち直していたが、それでもガランとした空間が一部に目立った。
タイ人が利用するスーパー、ファラン(白人)の利用が多いスーパーにも行ってみたが、日本人客対象の先のスーパーのような光景はゼロだ。いつもと変わりなく商品が豊富に棚に並び、欠品、品切れしているコーナーはない。肉も水も紙類も買いたければ手に入る。日本人が利用するスーパーだけが買い占めのせいで、本当に必要な人が必要なモノを入手できない状況に陥っている。緊急時には水やトイレットペーパー、食品を買い占めずにはいられない性分なのか、DNAなのか。あるいは単に「ビビリ」なのか。
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