収益源をがっちりと確保した上で、付加価値の高い新規事業に踏み出す。これは、業種や規模を問わず、すべての企業にとって1つの理想形ではないだろうか。タイの量産工場を軸にその理想を現実のものにしているのが、墨田区の小さな風船メーカー、マルサ斉藤ゴムだ。



可愛いブタの形をした「マンマルピィー」、膨らませると色が変わる「ヘンシンバルーン」、空気の入れ具合によってバレリーナが太ったり痩せたりさまざまな体型に変化する「マンマルビィー」。風船の概念を打ち破るマルサバルーンで新しいファンをつかむ一方、コンビニや玩具店を販路とする安価で手軽に遊べる風船の生産・販売にも余念がない。
2つの事業をがっちりと同時進行する同社の挑戦は25年前に始まった。
三代目にあたる斉藤靖之氏は言う。
「1ドル360円の時代、日本はゴム風船の輸出国でした。ところが、円が高くなり、輸出が立ち行かなくなって多くの風船工場が閉鎖に追い込まれたんですね。そこで二代目の父はタイに注目し、向こうで風船を作ってパッキングする仕組みを作りました」
タイはゴムの木の樹液の産地であるだけでなく、人件費も日本と比べるとずっと安い。先代の斉藤尋秀氏は活路を求めてタイに渡り、現地でB.K. LATEXという風船メーカーを見出し、生産を委託。できあがった風船をパッキングする会社をタイに設立し、日本に輸出するビジネスモデルを構築した。現在、海外に生産機能を持っている風船メーカーは同社をおいては他に例がない。これがマルサ斉藤ゴムの第一の挑戦だ。
タイで生産している風船の販路は多岐にわたる。セブン-イレブンを始めとするコンビニ各社、主要なスーパーマーケット、ホームセンター、100円ショップ、土産物店。パッケージ化された風船マーケットにおける同社のシェアは約50%にのぼっている。コンビニやスーパーでもし色鮮やかな小さな風船がセットされた商品を見かけたなら、それはかなりの確率でマルサ斉藤ゴムの風船だ。
同社がこれだけのチャネルを抑えることができたのは、品質と価格のバランスの良さに尽きる。
コンビニに鍛えられた品質とコスト
日本の風船市場は約50億円。そのうちマルサ斉藤ゴムが生産しているようなゴム風船は30%に過ぎず、大半は宣伝装飾用の風船で占められている。絵や文字を入れて広告宣伝に使用されるため、風船自体の品質はさほど問われず、安さが重視されるマーケットだ。
一方、同社が手掛ける風船の販路は小売店。買って使うのは子どもたちだが、背後には子どもが使うモノの品質に目を光らせている保護者と、消費者の声にとてつもなく敏感な流通業者が控えている。色はどうか、数に不足はないか、大きさや伸びにムラはないか、安全性に問題はないか。安さは免罪符にならず、品質管理を徹底しなければ販路開拓どころか契約継続もままならない。
「特にコンビニには鍛えられました。値段を抑えつつ、品質向上を図らなければならないですからね。だからこそ、タイで日本規格の風船を生産してパッキングし、日本で販売するというビジネスモデルを磨くことができたのだと思います」
大量生産する風船の品質向上に貢献したのが、現地のパートナー企業の熱意だ。タイで同社の風船を生産しているB.K. LATEXは、25年前には小規模な風船メーカーに過ぎなかったが、マルサ斉藤ゴムと手を組むことによって技術力を磨き、生産能力を拡張。売上を6倍に伸ばし、世界でも2、3位の風船メーカーにのしあがった。

「父がやりとりをしていた工場長が非常に熱心な方で、日本の技術や品質を学べば、今後は有利になると考え、こちらの要望にどんどん応えてくれました。品質にうるさい日本人を満足させれば世界のどこで戦っても勝てると考えていたようです」
世界市場を見据えて日本企業と手を組み、スポンジのように技術を吸収していったタイの企業と、日本の消費者や流通の高い要求水準に応えられる製品をタイで実現させようと必死で指導した日本のモノづくり企業。互いの意図が合致し実を結んだ幸福なコラボレーションといえるだろう。
国内市場を抑え、ビジネスモデルも盤石と思われた2009年。先代が病に倒れたことから急きょ社長に就任した斉藤氏は、しかし頭を抱えていた。
「この先30年、どうすれば……」
「うちはずっと子ども中心にやってきた。でもこれからどんどん子どもは減っていく。当時、僕は34歳。収益源を確保しているとはいえ、この先30年、どうやって事業を推進していけばいいのか。そう考えるとお先真っ暗でした」
容赦なく市場がシュリンクしていく中で、斉藤氏に風船の新たな可能性を教えてくれたのが「風船バレー」だ。
通常より3倍厚く、中に鈴を入れた風船がお年寄りや障害者が安心して楽しめるバレー用のボールとして利用されている――。知人からそう知らされた斉藤氏は利用現場に足を運び、閃いた。

「その風船はうちの製品だったのですが、卸を通じて納品していたので、情報が届かなかったんですね。でも実際に利用されている光景を目にした瞬間に、これまで自分たちのお客さんではなかった人全員が風船のターゲットになると感じました。年齢、性別、国籍も一切関係ない。ただ、そういう風船がなかっただけ。大人も遊べるような風船を作り、新しい遊び方や使い方を知ってもらえば、風船の可能性は膨らむはずだと確信しました」
先代が編み出したビジネスモデルで収益を出しつつ、余力のあるうちに新しい風船にチャレンジしようと決意した斉藤氏が、2011年から立ち上げたのがハンドメイドの風船ブランド「マルサバルーン」だ。
アニマルラバーバンドの名児耶氏にラブレター
きっかけは、墨田区が主催している「モノづくりコラボレーション(高い技術力を持った墨田区のモノづくり企業と世界で活躍するデザイナーのマッチング)」だった。輪ゴムを動物の形にした商品「アニマルラバーバンド」で一世を風靡したデザインプロデューサー名児耶(なごや)秀美氏の講演を聞いた斉藤氏は講演終了後、名児耶氏のもとに猛ダッシュ。思いを書き添え名刺交換を申し出た。
「うちの商品を手に取った方が笑顔になって、その顔を見た自分も笑顔になりたいです。そのお手伝いをしてくださいますか」
名刺の余白を埋め尽くさんばかりの勢いで書きなぐられた文面から、斉藤氏のただならぬ思いがうかがえる。
「デザインの力によって伝統的な輪ゴムが世界の4000万もの人に愛されるアニマルラバーバンドになり、MoMA(ニューヨーク近代美術館)にも展示された。そう聞いたら、矢も盾もたまらず、これはもう絶対に一緒に仕事をして、うちの風船も4000万人に届けなければと思いました。あとは行動あるのみ。何がなんでも覚えてもらおうとラブレターを書いたんです」
「膨らませなければいいんじゃないですか?」
斉藤氏からのオファーを快諾した名児耶氏が最初に提案したのは、丸や三角、四角の形の風船だ。空気を入れれば風船はどうやっても丸くなる。そうはわかってはいたものの、ともかく提案通りに作ってみると案の定大失敗。しかし、名児耶氏は臆することなく斉藤氏にこう告げた。膨らませなければいいんじゃないですか。ちょっとだけ空気を入れてみましょうよ――。
「びっくりしましたね(笑)。空気を入れてこそ風船だと思っていましたから。その発想に脱帽しました」
膨らませない風船を思いつく名児耶氏も名児耶氏なら、それを否定せずに「脱帽」と受け取る斉藤氏も斉藤氏だ。こうした非常識な感覚の協奏で2012年に誕生したのがマルサバルーン。世にも珍しい風船の数々だ。
人なのか人形なのか犬なのか。正体不明の風船や体型変化が著しいバレリーナ型の風船など、これは本当に風船なの? と問いかけたくなるラインナップは、先代の頃からつきあいがあった銚子にある日本唯一の手作り風船工場によって形になった。

「風船は口の部分を持って型を液状のゴムに入れて引き上げて作りますが、機械では耳をつけたり手をつけたり、動きのある形はできません。形に制約があるんですね。でも、手作業であれば細かな調整ができるし、色付けも何度もできる。中を赤、外側を青色に染めて、膨らませたら紫色になる『ヘンシンバルーン』のような風船も可能なんです」
小麦粉を入れると楽しいですよ!
繊細な手作業が可能にしたマルサバルーンは2012年から発売をスタート。従来のパッキング風船とは異なり、主にセレクトショップや雑貨店で販売されている。ギフトとしての需要も高いのが特徴だ。一番人気は「マンマルピィー」、次が2色の「ツートンバルーン」。どれも遊び方は特に提示していない。風船に遊び方はないと考えるからだ。

「中に水を入れてもいいし、小麦粉を入れてもいい。小麦粉は特に楽しいですよ。粘土みたいに自由に形が変わりますからね。店頭に置いていてもしぼみようがない。片栗粉? それもいいけど値段が高い。お米も入れてみましたが、表面がぶつぶつぼこぼことしてしまってかなり見た目が気持ち悪くなる(笑)。小麦粉は細かくてちょうどいいんです。ただ、これと決めずに自由に遊んでもらいたいですね」
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「マンマルピィー」は、口を縛ると豚の形になる風船。中に小麦粉を入れて指のエクササイズにも使える。 |
2013年には、後継者がいなかった銚子の手作りゴム風船工場を譲り受ける形で取得。2015年からは若い従業員を送りこんで修行させ、2017年からは新しい体制でスタートし、機械生産では作れない、さまざまな場面で利用してもらえる風船にチャレンジしている。
タイからヨコ展開、フィリピンに進出
気になるのが売上の7割から8割を占めているタイの工場だ。国内市場の少子化進行でさすがの収益源も細る一方なのではないか。そう尋ねると、斉藤氏はきっぱりとこう言った。
「タイでの経験を横展開しています。2014年からはフィリピンに進出しました。フィリピンのショッピングモールに平日に行くと、日本の地方のイオンモールのように人がいる。みんな働いていないんじゃないかと思うほど多いですよ(笑)。出生率も3以上あって、人口ピラミッドは日本とは対照的。ここでぜひ子ども向け商売をやりたいと考えました」
マルサ斉藤ゴムのフィリピン事業を買って出たのが、同社でインターンシップを経験したフィリピン人の学生だ。母国に戻った暁には風船の事業をフィリピンで展開したい。まっすぐなオファーを受けて2016年に会社を設立。タイで生産した風船をフィリピンに送り、2017年から販売をスタートした。すでに財閥系のオフィス用品専門店やスーパーマーケットをおさえ、フィリピンのトイザらスともいえるトイキングダムでもまもなく販売がスタートする。売上は2017年だけで400万円、今年は1000万円を超えそうな勢いだ。
問題はキャッシュフロー。GDP7%台で成長しているフィリピンは高度経済成長期の日本のように「作れば売れる」ステージにある。まじめに作って販売さえすれば右肩上がりの売上は間違いない。
だが、日本のように流通側に物流センターがあるわけではなく、各小売店には個別に納入し、しかもラックを自前で用意しなければならない。先行投資が必要だ。
「お金が入ってくるのは後。うちは人も資金もリソースが限られるので、セーブしつつ事業を進めなくてはなりません」
そう言いながらも斉藤氏の表情は明るい。風船の可能性を信じられるからだ。
ゴム風船よ、すべてを包め
「ウガンダにゴリラのマークを印刷したうちの風船を持っていってくれた知り合いがいるんですが、その子達は風船を見るのは初めてだったにもかかわらず、自由に遊んでいたそうです。風船が膨らむのを見て、破裂するんじゃないかと耳を抑えている女の子もいたとか。遊んだ経験がなくても風船とはどういうものかわかるんですね。風船は感覚で遊べるもの。赤とか緑とか原色の風船はアフリカの大地に映えそうじゃないですか。そういう未来もいいですね」
マルサ斉藤ゴムの従業員は計4人、工場にはパートが2人いるだけの超零細企業だが、毎年順調に業績を伸ばし、2017年は2億4000万円を売り上げた。目指すは辞書の風船の定義を変えることと、風船の値段を上げることだ。
「脳梗塞で倒れた父が亡くなる前に『ゴム風船はすべてを包むものだ』と言っていた。それは、中に入れるのは夢とか愛とか形がないものでもいいということだと思うんですよ。価格も一桁上げたいですね。赤なら赤の異なる日本の伝統色を100色揃えて、高級ブランドに提供する、なんてことも目論んでいます(笑)」
緋色、紅色、茜色。染料メーカーの協力のもと、微妙に異なる伝統色を実現する試みがすでに始まっている。

レジャーや娯楽とはまったく異なる別分野で風船を利用する計画もあるそうだ。中にモノを入れても入れなくても、わくわくしたり便利に使えればそれは立派な風船じゃないか。斉藤氏の頭の中で未来の風船構想が膨らんでいる。
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