タイに進出している日系企業の多くはタイ人従業員に関して、判で押したように同じ不満を口にする。
退社の連絡を突然もらった。
期待できる人材がなかなか見つからない。
大学新卒の社員を育成するのに時間がかかる。
タイ人従業員の定着率の悪さや仕事ぶりに当惑し、いらだちやもどかしさを抱えている。豊田通商の関連会社、豊田通商エレクトロニクス・タイランド(TTET※)も、その例外ではなかった。
2012年、伊藤秀哉氏は豊田通商から豊通エレクトロニクスへの出向を経て、TTETのプレジデント&CEOに着任した。当時の離職率は約27%。タイのIT業界としては平均的な数字とされるが、同社で相次いでいたのは業務の鍵をにぎるタイ人マネージャー層の退職だ。問題は深刻だった。

なぜこんなに人が離れていってしまうのか。その背景に目を向けた伊藤氏が気づいたのは、組織に生じていた深刻な歪だ。
「『気持ちの悪い組織だな』というのが、三代目として赴任し組織を見たときの感想です。タイ人と日本人がお互いを尊重していないため、深刻な溝が生じていた。仕事も受け身でやっているし、お客さん目線がどこにもない。教える側も指示を出すだけで手を動かしていない。常時、みながピリピリしていて、雰囲気の悪い職場でした」

豊田通商エレクトロニクスタイランドの設立は2005年。車載組み込みソフトウエアの開発や車載用電子デバイスの販売事業などを展開している同社がタイに進出した理由は、市場的にも政策的にも人材的にも環境が整っていたからだ。
負のスパイラルにはまる
タイにはトヨタの拠点がある。人件費と教育環境から、これからこの国でソフトウエア開発の市場が拡大することは明らか。加えて、タイ政府は「タイのデトロイト化」構想のもと、国を挙げて組み込みソフトウエア産業を育成する方針を掲げていた。法人税や設備輸入関税といった投資奨励によるインセンティブもある。チュラロンコン大学やタマサート大学などタイの東大・京大とされる大学からは毎年5000人ものIT系学部生が卒業しているが、彼らの受け皿となる就職先が少ないため、日系企業の人材採用は容易に見えた。
「確かにたくさん採用できました。でも、その多くが辞めていった(苦笑)。そういった大学に通うのはお金持ちの子息が多いので、仕事を辞めても特に困らないんですね。退職した後は、もう一回大学院に通うとか、実家の仕事を手伝うとか、海外に旅行に出るというケースが多いんです」
退職していくタイ人を「ハングリー精神がない」とみなすのは簡単だが、この状況を放置していては、肝心の事業が成り立たなくなる。組織を変えなければならない。タイ人と日本人の真の融合、「Fusion」を行動指針に掲げ、人材を育成するための組織改革が2012年4月から始まった。