「守る」ことを守らせる

 佐藤さんがBKFで最初に着手したのは、「守ること」の徹底だ。

 「ルールを守る、手続きを守る、約束を守る。これらの『守る』がまったく徹底されていませんでした。例えば、マニュアルがゼロではないものの、安全に関する明確なルールがなく、みな、なんとはなしに仕事をしているため、怪我が絶えない。潤滑油が入っているかどうかのチェックもなければ、安全装置が正しく作動するかどうかの事前確認もない。そのため怪我が多発していたんですね」

 消毒薬で済む程度の事故を含め、月に2件も発生していた事故を減らすには、あらゆる場面で「守る」ことを徹底させるしかない。佐藤氏はプラスチック成形技術のプロだが、その指導内容は“挨拶や服装の徹底”、“各種カイゼン活動”、“5Sや小集団活動”など多方面におよんだ。

 「明るい挨拶の習慣は私が来た頃からありましたが、朝のミーティングで二列に並んで互いの服装点検をしながらの明るい挨拶の呼称を定着させました。挨拶ひとつで活気が生まれますからね。お客さんに与える印象も違ってくる。挨拶は営業活動の一環でもあるんです。帽子も必ずかぶるように指導しました。『帽子をかぶると摩擦が生じて髪の毛が薄くなる』と言ってかぶりたがらない従業員もいました(笑)。長い髪の毛のままで仕事をすると、回転物に巻込まれる可能性もあるし、そもそも帽子や制服は規律の一つ。守ることが前提です。といってもなかなか徹底しないので、繰り返しの指導が欠かせませんでしたね」

 フォークリフトとの接触や衝突を防ぐために、工場内に安全通路を設けてラインを引き、工場内を移動するときにはラインに沿って歩く。リーダーやマネージャーが中心となり相互のセクションをチェックするリストを作って、毎月優秀なセクションを表彰する。佐藤氏の根気強い指導を通して、従業員はルールや手続き、約束を「守ること」を身につけ、BKFを変えていった。

「一生ここにいて」と願われる人々

 主力事業のプラスチック成形に加えて、医療機器や飛行機のトレーの製造といった新規事業を軌道に載せ、プラスチック事業のバリエーションも着実に拡大している同社の月商は14億円。10年前の1億円と比べると飛躍的な伸びだ。

 「競争の多い自動車パーツ市場を勝ち残ることができているのも、佐藤さんのおかげ。仕事の枠組みや考え方を変えることができたからです。これは我が社にとって強い武器。佐藤さんには死ぬまで我が社にいてほしかったのですが…」(チャワットMD)

 しかし、75才を迎えた佐藤さんは2016年末でBKFを離れ、帰国することを決意。2017年から日本で暮らしている。

BKFのシニアアドバイザーもやめ、いまはリタイア生活を楽しむ佐藤勝康さん。だが、技術指導の意欲はまだ消えてはいない…?!

 「きりのよい年ですからね(笑)。BKFはプラスチック成形に関してはタイのローカル企業の中で5本の指に入る企業になっていますし、もう新たに教えることはない。『継続は力なり』です。今後は幹部が率先して、今までに実施してきたことを『守り』、発展させていってほしい。でも年に1、2度は、フォローのために来タイしようかな」

 そう笑いながら、目にまだ技術指導の意欲がのぞく佐藤さん。そして前述の中村さんや滝口さんの3人の話を聞いて感じたのは、安全や清潔こそ製造業の基盤であるという当たり前の事実だ。

 日本の製造業の哲学をタイに移植し、タイの経済発展に手を貸してきたシニアの存在が誇らしい。