可愛い羊のロゴやオブジェが印象的な三つ星クラスのホテル、Kokotel(ココテル)。家族4人でも泊まれる部屋を備えた中間価格帯(1部屋1泊5000円前後)のホテルがタイで着実な成長を遂げている。
エントランスで客を出迎えるのはココテルのシンボルである大きな羊。すべり台は大人も楽しんでいるとか。
東南アジアには個人が趣味の延長で始めたようなホステルやゲストハウスがたくさんあるが、ココテルはそうしたスモールビジネスとは一線を画する。導入しているシステムは、プロパティマネジメントシステムや人事システム、発注管理システム、会計システム、レピュテーション・マネジメントシステムなど8種類。客室数50前後のホテルとしては驚くほど重装備だ。それでいて、ホテル名や従業員のユニフォームデザインはクラウドソーシングで募集をかけ低コストで調達している。
目標1000店、まずは大学に入り直し
目標は、2026年までにココテルブランドのホテルを東南アジアとインドで1000店舗開業すること。メリハリを利かせた経営の舵取りから見えてくるのは、東南アジア最大のホテルチェーンを目指して新たな価値創造に挑む起業家スピリッツだ。
「1000店」と聞くと途方もない数字に思えるが、世界一のホテルチェーンのウィンダムワールドワイドは約8000店、2位のチョイスホテルズインターナショナルは約6500店。中間クラスのホテルでは1000店規模のチェーンはざら。ココテルの目標は壮大ではあるが、非現実的ではない。実現可能な目標だ。
事業を推進しているのはNewlegacy Hospitality社のCEO・松田励氏。ホテル業に興味を持ったのは日本のコンサルティング会社に勤務していたころだった。
ココテルを運営する Newlegacy Hospitality社のCEO・松田励氏
「担当したマレーシアのホテルのプロジェクトが面白かったんですね。ホテル業というのはエンターテイメントでもある、と思うようになりました。でもホテルについては何も知らない。まずは勉強しようとホテル経営学では世界的に定評があるアメリカのコーネル大学と、32才のときにシンガポールのナンヤン工科大学にそれぞれ半年ほど留学し、ホテル経営学修士号を取得しました」
松田氏の行動力を物語るエピソードだが、もちろん深い読みがあってのこと。旅行好きな松田氏は、2006年のマレーシアでの仕事を契機にさらにいろいろなアジアのホテルを泊まり歩き「これならやりようがある」と確信を得ていた。
「アジアのさまざまな都市で滞在したホテルには別の意味での驚きがありました。中間クラスのホテルには本来当然あるべき機能がない。バスルームやシーツがきれいだとか妙な臭いがしないとか、フロントにサービスマインドがあって英語が話せる人がいるとか、当たり前のことができていないホテルが多いんですね。エンタメ以前に圧倒的にレベルが低いと感じました」
これはチャンスかもしれない。そう思いつつも、修士号の奨学金の条件により松田氏はシンガポールで最低でも3年は働かなければならなかった。リーマンショック後の就職難の折、2009年になんとか投資会社の職を見つけた松田氏はチャンスをうかがいつつ、不動産投資やPE投資、MBOの案件などを担当。後にココテルで生きることになる交渉能力を磨きあげていく。
条件の3年が過ぎ、シンガポールでの生活が5年目に突入したころ、松田氏は中国でエコノミーホテルが台頭しているという話を聞いた。
「調べてみると中国ではわずか10年の間にエコノミーホテルが大きく成長し、業界を一気に変えてしまったことがわかった。これは自分がやらないと他人にやられると思い、居ても立ってもいられなくなったんです(笑)。ちょうどその頃、以前からの知り合いである投資家の諸藤周平さんと数年ぶりにシンガポールで再会し、『いっしょにホテルをやりましょう』と意気投合しました」
諸藤氏は東南アジアを舞台に様々な産業創出に取り組んでいる投資家。雌伏8年。これ以上ないパートナーを得て、2015年5月に松田氏はNewlegacy Hospitalityを設立。CEOに就任した。あとはホテルを実際に立ち上げるだけだ。
2人部屋が当たり前、そんなの誰が決めたのか
家族でも泊まれるホテルにしたいという発想は松田さんの経験に由来する。
「我が家は子ども2人の4人家族。子どもが小さいときはエクストラベッドを入れれば済んでいましたが、大きくなるとそうも行かない。2部屋取ると料金は倍になるし、スーツケース1つで移動している我が家には不便です。そもそもホテルサイトで『宿泊者4人』で検索するとヒットしないのもおかしいですよね」
松田さんは「ホテルの部屋は2人で利用するのが当たり前、と、いったい誰が決めたのか」と言う。
「運営する立場から言っても、4人部屋は2人部屋よりも(部屋の)単価が5割以上がるんですよ。8割以上上がることもある。4人部屋は費用対効果が高いんですよ」
利用者視点と経営者視点。2つの視点から導き出した答えが、3~4人の家族連れや女性グループが安心して泊まれて、1階のカフェではスタッフや地元住民とも交流できるような新しいコンセプトのホテルだ。
シングルベッド2台に二段ベッドを入れた4人部屋。部屋の清潔さはレビューでも定評がある。
全体のブランディングはシンガポールの企業に依頼した。羊のロゴを採用したのは「よく眠れる」イメージがあり、どの国の人に聞いても印象が良い動物のため。ネーミングはクラウドソーシングのランサーズで募集をかけた。当選報酬は11880円。506件集まった中から選ばれたのがココテルだ。
「ホテルって◯◯グランドとか◯◯シティやパシフィックとか、つまらない名前のところが多いですよね。ありがちな名称にはしたくなかった。音感がシンプルで覚えやすく発音しやすい。コンセプトに合った名称に決まったと思います」
公共交通が充実したバンコクはホテル向きの都市
コンセプトを練り上げながら物件探しも始まった。
1号店としてバンコクに照準を合わせたのは、ホテルの数が多いからだ。アジアに強いホテル予約サイト・アゴダで検索すると、バンコクだけで2600軒のホテルがヒットする。ホテル数の多さは観光地としてのポテンシャルの表れ。ライバルも多いが、それ以上に観光客が右肩上がりを続けているバンコクは追い風のマーケットと判断した。
加えて、バンコクには公共交通機関が発達しているというアドバンテージもあった。BTS(高架鉄道)とMRT(地下鉄)が走るバンコクにはホテルに向いた立地が多いのだ。
一方、オペレーションが悪いため、本来の価値を発揮できていないホテルも少なくない。マーケットとしての有望性と競合との戦いやすさ。2つを備えたバンコクで物件探しを始めた松田氏はラッキーとしか思えない物件に遭遇する。
「オーナーがオフィスビルをホテルに改装していた物件で、なんと我々のコンセプトにそっくり。内装はほとんど手を入れずに済みました。客室もほぼそのまま。壁に羊のペイントをしたぐらいです。細かいところはいろいろありますが、フレームとしてはできあがっていてテレビも電話も付いている。神がかり的な出会いでした」
最寄り駅からやや歩くこと(徒歩10分)、客室数が40と少なくはあったが、コンセプトがほぼ同じの新品居抜き物件を前に迷う必要もない。契約後、必要な工事を済ませたココテル1号店は2016年2月にオープンを迎えた。
もっとも価値が高い1Fにはチェックイン機能も備えたカフェを導入。一般の人も利用できるスペースだ。
1Fはチェックイン機能も兼ねたカフェ。2Fから7Fまでが客室だ。建物として一番価値が高い場所である1Fに設けたカフェは外部の人間も利用できる。スペースを効率よく使うためのレイアウトだ。
部屋は、1人向けの「ココソロ」、2人向けの「ココメイト」と「ココカップル」、3人向けの「ココファミリー」、4人向けの「ココパーティ」の4タイプ。3人分、4人分のベッドを並べた「ココファミリー」や「ココパーティ」の部屋は、2人部屋に慣れた目には新鮮だ。
子どもたちにのびのび遊んでもらいたいとココテルには必ずキッズルームが設けられている。
1Fと2Fを結ぶ滑り台、白い壁に羊の絵が描かれた明るく清潔な部屋、子どもたちが楽しく遊べるキッズルームなどもココテルのコンセプトをよく伝えている。
ホテルはエンタメ? サービス業? いやいや……
物件とのラッキーな出会いを経て、2016年2月の1号店オープンから5号店までトントン拍子、と言いたいところだが、ホテル業はそう甘くはなかった。松田氏はホテル業の実態に戸惑い、翻弄されることになる。
ココテル1号店のスラウォン店。駅から10分とやや歩くが人気は高く、常時高い稼働率をキープしている。
「ホテルはサービス業だと思っていたらとんでもない。モノを扱っているビジネスでした。必要なモノを必要最低限の個数で購入し、ムダにせず欠品もさせないように管理するのがこんなに大変だったとは……」
パンフレットやカード、部屋で使うベッドリネンやタオル、アメニティ、カフェで使用するカトラリーやメニュー、ナプキン。一つのホテルは何百というモノで形成されている。
欠品する前にタイミングよくオーダーし保管する「適時適品適量」を徹底するのは容易ではない。「おもてなし」というキーワードでざっくり語られがちなホテル業は実は労働集客型産業なのだ。
コンパクトにまとまったココテルの部屋の備品。機能性に加えて、ワクワクとする楽しさの表現も忘れない。
大量に購入すれば欠品を防げて価格も抑えられるが、今度は保管する場所が別途必要になる。
「たくさん発注しすぎて外に倉庫を借りたこともありました。店舗数が多ければマクドナルドやスターバックスのように在庫管理をしっかりシステム化できるし、規模が小さければ個人が気を回してコントロールできる。その中間が一番難しい。ホテルを始めたのはいいけれどオペレーションが面倒くさく、毎日いろいろな問題が起きるのでもう辞めたい、というオーナーが世界中に溢れていることはリサーチして知っていましたが、それを身をもって痛感しました(笑)」
部屋にあるべきモノがなければレビューに直結する。ホテル業で何よりも怖いのがこのレビューだ。単価もレビューを直撃する要素。単価を下げれれば客は増えレビューも上がるが、収益を増やそうと単価を上げた途端に集客は落ち、レビューは下がる。客は容赦してくれない。
単価アップと稼働率維持、答えはひとつしかない
単価を上げても稼働率が下がらないようにするには何をなすべきか。
「ひたすらお客さんのレビューを上げるしかありません。それにはレビューをこまめに見ること。レビューの中に向上のヒントが隠されている。それを1つひとつつぶしていくだけです」
ココテルでは、レピュテーション・マネジメントなるシステムを導入している。平たくいえば口コミ管理システムだ。これを使えば、毎日メールでレビューが届き、フロント、ハウスキーパー、フードアンドビバレッジなど項目別に点数が集計されたデータも毎月送られてくる。届いたレビューの中身や点数を踏まえつつ、ココテルでは部屋とシャワールームをつなぐスペースに仕切りがほしいという要望に応じてカーテンを設置し、外の音がうるさいという声に対しては窓を二重にして防音対策を図るなど、いくつもの改善を施してきた。
独自にアンケートも実施している。
「集計すると、面白いぐらいに現実と呼応していることがわかります。辞めた人が多い時期や支配人が変わった時期、働いている人の意識が高くないなと感じるときにはクレームが増える。改善も大事ですが、従業員の心持ちや人間関係が何よりも重要。とはいえモチベーションを維持して意識付けするのが難しい。現在進行形の課題です」
アンケート結果を改善に落とし込むのはある意味、簡単だ。だが、根本的な原因を探らなければまた別の問題が起きるだけ。人材マネジメントに絶対的な正解はなく、永遠に終わりがないことを自覚した上で「気持ちよくやりがいを持って働いてもらいたい」と考え行動するCEOは、ココテルの大きな強みだろう。
ココテルを支えるスタッフたち。ホテル予約サイトでは「スタッフのフレンドリーなサービス」は高く評価されている。
2016年2月にバンコクに1号店をオープンした後、プーケットやクラビ、チェンマイにも進出を果たし、店舗数はただいまタイに5軒。稼働率は75~85%で推移し、とりわけバンコク店は絶好調。過去12カ月で86%の高水準を記録している。
集客の鍵となるホテル予約サイトでのレビューもいい。「清潔」「寝心地がいい」「スタッフがフレンドリー」。ブッキングドットコムやエクスペディア、アゴダなど世界的のホテル予約サイトのレビューで高評価を得るのは、5つ星の高級ホテルか低価格のゲストハウスと相場が決まっているが、1泊5000円程度の三つh星ホテルとしては珍しいほど好意的なレビューが並んでいる。
シングルベッドを3台並べたファミリールーム。通常のホテルではほとんど例を見ないレイアウトだ。
新店オープンに向けての準備にもぬかりはない。
「以前は店を開くことが決まってから人を採用するパターンでしたが、いまは常時、店長を募集し、オープン前に予備軍を持っている状態。店長になれる人材を先に確保したら1カ月教育した後、既存の店舗で実地体験を積んでもらっています」
タイの日系ホテルとしてはオークラホテル、スーパーホテルが進出しているがいずれも1店どまり。まだ5店とはいえチェーン展開に成功した日本発のブランドはココテルだけ。日本人をターゲットにするのではなく、外国人を幅広く狙っているスタンスも新鮮だ。投資家からのミッションは「時価総額2000億円企業」。アジアに主要都市に降り立てばココテルの看板が目に入ってくる。そんな未来へ向けての松田氏の挑戦はまだ始まったばかりだ。
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