Marimo5の代表取締役社長の大和茂氏は、タイの起業家の中では極めてユニークなキャリアの持ち主といえるかもしれない。NTTドコモの駐在員として2007年にバンコクに駐在し、タイの財閥企業との合弁会社に5年間勤務した後、帰任命令を受け帰国。その後、退職してタイに戻り、2013年に生活習慣病予防などに役立つ職場の健康教育サービスを開発・提供する同社を設立した。駐在期間中に、国民の健康増進を担うタイ政府の専門機関タイヘルスが開発した職域ヘルスプロモーションプログラム「Happy Workplace Program」と出会い、これが起業を後押しした格好だ。

NTTドコモの駐在員を経て、タイでMarimo5を立ち上げた大和茂社長。

 「タイ人社員にとってより良い職場環境を作るにはどうしたらいいのか。その答えを得ようと、駐在員として働きながら、チュラロンコン大学の人的資源管理(HRM)修士課程に在籍しました。やがて、従業員の健康促進こそ企業の成長には欠かせないという結論に至ったんですが、その頃に出会ったのが、『Happy Workplace Program』。Happy BodyやHappy Soul、Happy Heart、Happy Family、Happy Societyといった『Happy8』と呼ばれる8項目から構成されていて、タイの国民性や文化を踏まえている。従業員やその家族に加えて、地域の住民、さらにはその企業から始まるサプライチェーンで働く人たちにもしっかりと健康で幸せになってもらえる職場環境を作るためのプログラムなんですね。そこに大きな社会的意義と可能性を感じました」

 タイヘルスでは、2014年に在タイ外資系企業で働くタイ人や外国人の健康増進を実現するために『Happy Workplace International Project』をスタートした。大和氏はその公式プロジェクトの責任者。Marimo5は、『Happy Workplace Program』のコンセプトを尊重しつつ、健康・スポーツ科学や栄養学などの科学的根拠に基づいて、従業員向け健康教育サービスや社員食堂の評価・改善サービスを開発し、企業に提供している。

 「日本でも、『健康経営』という考え方が少しずつ広まり、従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる企業は『健康経営銘柄』として選定されていますが、そこに名を連ねる著名な企業であっても改善の余地がある。継続的な取り組みができていないところが少なくないからです。社員食堂のあり方を含め、何をしたらいいのかわからないという企業が多いんですね。ところが、RISTは中長期的に考え、経営の一環として取り組んでいる。タイにおける先進的なモデルケースです」(大和社長)

調味料でカスタマイズするのがタイ料理

 RISTで開催されたワークショップを見学する限り、従業員の反応は高く、成果は上々に思える。だが、課題もある。

 松井副社長は言う。

 「勤務時間中にやってますからね。ワークショップをやるといっても最初は関心が低くて、集まりが悪かった。予定の半分ぐらいしか参加しないということもありましたね。人事の担当者が呼びにいったりと参加を熱心に働きかけて、いまではほぼ遅れずに参加してくれるようになりました。ただ、Master Chefトレーニングを受けたシェフが社員食堂の料理を薄味にしたり、野菜を多くしたりすると苦情が出る(笑)。また、せっかく砂糖を減らしているのに、後から自分で砂糖を加える社員がけっこういまして。頭が痛い点ですね」

 ご存知の方も多いと思うが、タイ料理は自分で調味料を好きに加えてカスタマイズするのが一般的だ。砂糖、酢、ナンプラー、唐辛子。これらはテーブルに常備されているため、プラスするのはいとも簡単。入れ過ぎは体に良くないという意識と健康になりたいという願望が強くなければ、習慣に打ち勝つのは難しい。

レストランでも屋台でも調味料セットが常備されている。ついつい砂糖を多めに入れてしまうタイ人は多い。

「でも、『食育の機会を提供してくれるのはうれしい』と言ってくれる従業員が多いんですよ。『1年後には必ず健康になってみせる』という社員もいます。大事なのは継続すること。血圧計や体組成計を入れたのはそのためです。数値が良くなれば達成感が得られますから。意見箱に集まった社員の意見はすべて目を通し、回答を食堂に掲示していますが、社員食堂の料理が薄味で野菜が多い理由についても、『決してけちでやっているわけじゃない』と丁寧に説明しています(笑)。会社の経営施策として社員の健康を考えているというメッセージを送り続けることが必要でしょう」(松井副社長)。