新卒でどっぷりとカルビーの企業風土に馴染んでいたら、聖域に手を出す勇気やアイデアは生まれなかったかもしれない。事実、カルビータナワット社は「かっぱえびせん」の味を変えることなく、長く形勢不利に甘んじていた。「かっぱえびせん」が売り上げを伸ばし、タイ人ファンの獲得に成功したのは、大山氏が“社内の常識”の外にいたからだ。多様な人材は思いもしない結果を呼ぶ。

 大山氏の「ルール違反」に対するカルビーのその後の対応も面白い。

 「聖域侵犯は断固許すまじ」と販売禁止にする…ことはせず、しかし、とりあえずは従来タイプの製品と合わせて販売を継続する方針を打ち出した。

 結果は、濃い味の圧勝だ。市場は新しい「かっぱえびせん」にシフトし、やがて聖域の薄塩味「かっぱえびせん」はタイでは生産中止となった。商売は損得を考え、合理的に現実的に動いた者が勝つ。売れるのならそれはそれでいいではないか。カルビーはそう判断し行動できる柔軟な企業だったということだ。

日本では無理なのが残念、ディップして食べる

 カルビーの製品で「かっぱえびせん」以上に売れているのが、99年に投入したスティックタイプのポテトスナック「ジャックス」。カルビータナワットの売上高の約60%を占める商品だ。

「ジャックス」(20バーツ)には、やや甘めのケチャップ入り小袋が2つ入っている。その場でケチャップにディップするアイデアがタイ人の心をつかんだ。
「ジャックス」(20バーツ)には、やや甘めのケチャップ入り小袋が2つ入っている。その場でケチャップにディップするアイデアがタイ人の心をつかんだ。

 この「ジャックス」には、タイの他のスナック菓子には見られない特徴がある。社長の松尾篤氏は言う。

 「発売当時から、ケチャップの入った小袋を中に入れています。タイ人はフレンチフライにたっぷりとケチャップをつけて食べるのが大好きですからね。『へたらないフレンチフライ』というコンセプトで売り出しました」

 ソースをディップして食べるのが大好きなタイ人向けのアイデアは見事に当たり、「ジャックス」はスナック菓子市場の人気商品に躍り出た。

 「かっぱえびせん」同様、似たような競合商品もないではない。だが、出てはすぐに市場から退場するため、ケチャップ付きポテトフライは「ジャックス」の独壇場だ。

 「小袋にケチャップを入れる工程は、非常に難しいんですよ。袋がぶよぶよしているでしょう。形ががっちりと固まっていないところにケチャップを入れていく作業は自動化しにくい。手作業に頼る部分が多いんです」(松尾氏)

 ケチャップの容器をジャックスの袋に中にタイミングよく入れる作業も難物だ。ケチャップが入っていない、あるいはケチャップだけが入って肝心の製品が入っていないといったトラブルが起きやすい。単純だが神経を使う緻密な作業の精度を上げるため、同社では従業員の交代時間や作業を行う姿勢、ケチャップの置き場所まで細かく検証しては改善を施し、最善と思われる形を見出した。

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