薬物使用者を排除すれば、良い人材も確保しやすくなるようだ。不正薬物の取り締まりを強化しているタイの労働保護福祉局は、薬物使用者を撲滅しようと努力し、一定の基準をクリアした工場やホテルを「ホワイトファクトリー」「ホワイトホテル」として認定し表彰している。「ホワイト」の認証を得た工場やホテルは薬に汚染されてない清潔な職場であり、品質管理に優れているとしてタイ人に認知されている。人材確保や集客に有利に働くゆえんだ。

 これだけメリットがある検査なのだから、不正薬物が蔓延しているタイでは引く手あまたに違いない。1000人で100万円という費用であれば、現地法人を統括するマネージングディレクターの裁量で決済できる範囲内。依頼は殺到しているのではないかと尋ねると、検査に及び腰の企業はまだ多いという。

 「いま実施したらクロ判定の従業員がたくさん出そうだし、そうなると人手不足になって生産に影響が出るから検査はやりたくない、という会社もありました。驚きの経営感覚ですよね (笑)。ずっと『検査はいらない』と言っていた会社のタイ人従業員が薬物使用で逮捕され新聞沙汰になったり、トイレで覚せい剤を吸引する道具が見つかったからといって、慌てて検査を実施したという例もあります」(検査員のA氏)

検査布をワイパーホルダーにセットすれば、あとは10秒待つだけ。モニターに検出結果が容赦なく表示される。
検査布をワイパーホルダーにセットすれば、あとは10秒待つだけ。モニターに検出結果が容赦なく表示される。

 何か起きてからでないと動かない。起きない前には検査に消極的な会社が挙げる「やらない」理由は、「予算がない」「人が足りない」「尿検査でじゅうぶん」。「うちに限ってありえない」と、我が子の不始末を信じたくない親のような弁もある。

 問題を表面化して波風を立てたくない、「寝た子を起こすな」的スタンスもよくあるパターンだ。タイに赴任する日本人駐在員の任期はおおよそ3年~5年。自分の任期中はできるだけ穏便に済ませたい、もし不正薬物の使用者がいるとしても、発覚するのは後任の人が来てからでいい。自分のときは勘弁してという無責任な発想だ。

企業の業績と薬物使用者数には相関がある

 だが、そうした会社は往々にして業績に問題あり、と川村氏は指摘する。

 「興味深いことなんですが、企業の業績と不正薬物使用者の数とは相関関係にあるケースが多いんですよ。検査結果がひどい数字だった会社が、その後間もなくトラブルを起こしたり、社会的に問題になったり、業績がガタ落ちするケースは珍しくありません。その逆に、検査結果が良い会社は業績は上り調子。見事なまでにリンクしています。一事が万事という言葉があるように、不正薬物使用者の撲滅活動は社員の健康管理の一環。ガバナンスそのものなんですよ」

 不正薬物の売人が楽々と商売ができるほど使用者が増殖している職場で、まっとうな従業員が気持ちよく働けるはずがない。その実態を見てみないふりをしたり、問題を先送りする人間がトップであればなおさらだ。後ろ向きの姿勢は不正薬物だけでなく、ビジネス全般に及んでいると考えた方がいい。社員のモチベーションは落ち、商品やサービスに影響が出るのは当然だ。業績が良くなるわけがない。

 「会社の従業員というのは家族といっしょ。愛情があれば社員ファーストで考えられるはずですよ。そうしたら不正薬物の売人は絶対に排除しなくては、となるはずなんです。でも、残念ながら社員への愛が少なく、自分で責任を取る判断ができない 『なんちゃって社長』がいるんですよね……」(川村氏)

 人間の心と体を蝕む薬物は、健康の最たる敵だ。社員の健康を守ってこそ会社、それでこその業績アップ。従業員の健康にむとんちゃくな企業に未来はない。不正薬物がらみの取材からこんな普遍的真理を学ぶとは思わなかった。愛はすべての基本である。

まずは会員登録(無料)

有料会員限定記事を月3本まで閲覧できるなど、
有料会員の一部サービスを利用できます。

※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

※有料登録手続きをしない限り、無料で一部サービスを利用し続けられます。