マレーシアの首都クアラルンプールには、街の至る所で野菜の料理だけを提供する、ベジタリアンレストランを見かけます。日本でベジタリアンレストランは珍しいですが、クアラルンプールでは当たり前。ショッピングモールのフードコートにも、タイ料理、中華料理、ムスリム料理などと並んで、1つの料理のジャンルとして、ベジタリアン店がブースを構えています。
最近では人気の地元カフェが姉妹店としてベジタリアンレストランを開業したり、菜食主義を徹底したビーガンレストランも登場したりしています。「ビーガン」とは、肉だけでなく卵も乳製品も口にしない絶対菜食主義者のこと。ビーガンレストランが続々とオープンし、ニーズの大きさがうかがい知れます。
多民族国家マレーシアでは、ムスリムは豚肉を食べません。インド系は牛肉を食べないなど、それぞれが宗教上の理由で特定の肉を避けています。肉を断ち、菜食主義となる人も多く、ベジタリアンレストランが必要とされる土壌が元々、あるのです。
健康面から菜食主義を貫く人や、週のうち何回かベジタリアンレストランに通い、デトックスする人も増えているようです。まさにマレーシアは「ベジタリアン天国」と言えそうです。
さらに野菜を中心とした有機農産物を収穫したり、種を植えたり、試食体験したりする日帰りツアーの「Farm Visit」や、農園に宿泊しながらその生活を体験する「Farm Stay」なども人気を集めています。食べるだけのモノ消費から、実際に自らが体験するコト消費に需要が広がっているのです。
クアラルンプール郊外のセランゴール州バンギにある「GK有機農園」が主催するFarm Visitは常に予約が数か月先まで埋まる人気ぶりです。ツアーでは中華系オーナーの指導の下、ヨガを行って身体の悪い部位を実感し、その後に農園を回って植物や野菜の説明を受けながら、トウモロコシやサツマイモを収穫して試食。種植えを体験して、最後に野菜や花を使ったランチを食べて終了です。土産として新鮮な野菜を持ち帰ることができ、参加者の満足度が高いツアーになっています。
マレーシアでは2000年前後に有機食品を扱う店が各地で次々に開店しましたが、有機栽培でないものも、有機と偽装表示をして売られていたため、一時期その信ぴょう性が疑われ、売り上げも低迷していました。
しかし2011年以降、有機農産物認証の表示が義務化され、消費者が安心・安全に購入可能な店が増えると、改めて有機農産物がブームになっていきました。そうした経緯で有機農産物のFarm VisitやFarm Stayは、若い世代を中心とした都市生活者に支持され、トレンドになっているのです。
欧米で人気の「クリーンフード」を先取りするタイ
マレーシアと隣接するタイで、最近広がっている食にまつわるトレンドが「クリーンフード(クリーンイーティングとも言う)」です。
クリーンフードとは、野菜をなるべく素材に近い状態で摂取する米国発の食事スタイル。現在、世界的に流行していますが、バンコクを中心とした都市部でも広がりを見せ、健康や体重を気にする女性たちのライフスタイルまでも変えつつあります。
例えば、以前は屋台やファーストフードでの食事が中心だった女性たちが、クリーンフードを提供するレストランを選ぶようになり、クリーンフードを自炊したりする人も増えています。
クリーンフードブームに拍車をかけているのが、著名な女性タレントらがSNSのインスタグラムに投稿するヘルシーメニューです。投稿されたクリーンフードを真似てみたり、SNSに自作のクリーンフードの写真を投稿したりして、影響はすそ野まで広がっています。
タイでも特にユーザーの書き込みが盛んなネット掲示板「Pantip(パンティップ)」にも、自作レシピの紹介などクリーンフード絡みの投稿が増加しています。
クリーンフードの人気に便乗し、オフィス向けに低カロリーで野菜たっぷりの弁当の宅配サービスを提供するビジネスも活況です。SNSのLINEやフェイスブック、電話などで簡単に注文でき、1食当たり50~1000バーツ(約150円~3000円)と選択肢も豊富です。
世界の流行の最先端を真っ先に取り入れるとは、バンコクの女性たちのアンテナの高さは世界でもトップクラスといえるでしょう。一方で、単に茹でただけの味気ない野菜や鶏肉を食べることが「クリーンフード」だと勘違いし、実践している人も多いようです。
クリーンフードの弁当を宅配する「TIPTOP」のWebサイト。新鮮な野菜や「1食350kcal」など低カロリーをアピールする
食への不信からヒットした、もやし栽培器
一方、中国では食の安全への不安が、大きな社会問題になっています。食べ物全般に対して、「国産は危険」というイメージを持つ中国人は少なくありません。
中でも中国人にとって日常食であるもやしは、「毒もやし」問題が度々報道されるなど、問題の多い食品でもあります。毒もやしは、見栄えを良くしたり、成長を早めたりするために数種類の化学薬品を使っているとされており、その名が付けられたようです。
ですが、もやしは食卓に頻繁に出る食材なので、「危険かもしれないから買わない」というわけにいかないのが実情です。そうした中、最近ヒットしているのが、家庭で簡単に育てられるもやし栽培器です。ネット通販の淘宝(タオバオ)でも売れ筋商品となっています。
もやし栽培器は機械の中にあるシートに緑豆などの種を撒いて蓋をすると、生育に適した温度と圧力によって、わずか3日ほどで食べられるもやしが収穫できる。複数のメーカーから販売されていますが、特に人気が高いのが、ひき肉製造器、ヨーグルトメーカー、ゆで卵・茶碗蒸し製造器など個性的な料理家電を多数販売する中国メーカー「小熊」の商品です。
淘宝で「豆芽机」(もやし栽培器)で検索すると無数の商品がヒットする(画像は淘宝の検索結果ページの一部)
中国ではオーガニックのもやしはあまり出回ってなく、家庭菜園で簡単に栽培できる青菜などとは違い、もやしは育てるのに技術が必要な野菜。そのため専用の家庭用栽培器が登場すると瞬く間にヒットし、模倣品も続々と出てきたわけです。
今回取り上げた各国のトレンドは、いずれも「野菜」と「健康」を軸にしたブームと言えます。ただしマレーシアでは宗教が、タイでは世界のトレンドに対する感度の高さが、中国では自国野菜への不信が、ブームの背景には宿っています。そのため「健康ブーム」とひとくくりにせず、各国の内情や国民性を理解することが重要になります。
本コラムでは、アジア各国の最新トレンドを発信している「TNCアジアトレンドラボ」の情報をベースに、トレンドを深掘りした記事を連載します。次回のテーマはアジアに広がるカフェブームを紹介します。台湾の親子カフェ、中国の燕の巣カフェなど、アジア各国の新手のカフェを取り上げます。
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