2016年に入り、中国・上海市内の住宅街や目抜き通りに、1m以上あるパンダの大きな模型が計800体も設置されて、話題になりました。
この正体は古着の回収箱。蓋状になっている顔部分を上に押し上げて、中に不要になった服やバッグ、帽子、靴などを投入します。正式名称は「熊猫回収箱」(パンダは中国語で「熊猫」という)。現地メディアは「古着をエサとして食べるパンダ」などと紹介しています。
上海市内に設置されたパンダの古着回収箱。蓋状の顔部分を押し上げて、古着を投入できる
これは上海市が、市民の古着リサイクル意識を向上させるために設置したもので、品質の良い古着は消毒洗浄してから国内の貧困地域に寄付し、それ以外は処理して資源として使うそうです。
市当局が率先して古着回収に取り組む背景には、経済格差とゴミの問題があります。
中国では、地域によって収入や生活の格差が大きく、内陸地方では衣服を満足に手にできない人たちが未だに多いのが現状です。一方、都市部では旺盛な消費によって物があふれ、ゴミの増加が社会問題になっています。
特に中国では、衣類は不要になったら捨てるのが一般的。古着が流通することはなく、フリーマーケットに出してもほとんど売れないようです。衛生面を気にして、他人が使った衣類を着ることに、大半の人が抵抗を感じているからです。近年ではファストファッションブランドの拡大によって手軽に衣類が買えるようになり、ゴミ問題はさらに深刻化しています。
もちろん、中国にリサイクル意識が全くないわけではありません。家庭から出る古紙やペットボトルのリサイクルはかなり定着しています。これは2000年代から、古紙やペットボトルを廃品回収業者に売れるようになったことなどがきっかけです。
また海外旅行者が増え、国外と自国の環境意識の違いを目の当たりにし、エコ意識が高まったことも追い風になっています。これまで、衣類のリサイクルはほぼ手つかずでしたが、上海市はようやく重い腰を上げ、熊猫回収箱を皮切りに対策に乗り出したというわけです。
市や国が今後も第二、第三の対策を打てば、中国人の古着のリサイクル意識はより高まる可能性もあります。今まで見向きもしなかった古着を、日本の若者のようにファッションとして身に付け始めるかもしれません。これからの中国では、古着の流通や古着のクリーニング事業なども、可能性があるかもしれません。
フィリピンではエコバッグで洪水を防ぐ?
エコ意識は東南アジアでも広く根付きつつあります。
フィリピンのマニラ首都圏に属するマカティ市は、多くのグローバル企業が集積し、高層ビルが立ち並ぶ商都です。ここで近年特に問題になっていたのが、スーパーなどの買い物時に使われるビニール袋。捨てられたビニール袋が河川を詰まらせ、台風のたびに洪水を引き起こす原因の一つになっていました。
そこで行政が打った手が、「スーパーでのビニール袋の使用禁止」。買い物客はエコバッグを持参するか、茶色い紙袋に入れてもらうかのどちらかで対応せざるを得なくなりました。エコバッグを持って買い物に行く人が増え、忘れた人はスーパーで35ペソ(約80円)前後で購入することもできます。行政主導による強引な規制には賛否両論が噴出していますが、洪水への一定の効果だけでなく、生活者のエコ意識向上にも一役買っているようです。
スーパーで販売されているエコバッグ。「リデュース、リユース、リサイクル」などエコを啓発する文言が入るバッグもある
インドネシアの首都ジャカルタでも、深刻化するゴミ問題の解決に、市や企業が乗り出しています。2014年頃から、市内でゴミ箱の設置が始まり、今では道路脇などに分別できるゴミ箱が目立つようになりました。以前は道端や河川にゴミを捨てる人も見られましたが、今はゴミ箱に捨てる習慣がようやく定着してきています。
さらに一歩進んで、インドネシアではゴミをリサイクルする意識も芽生え始めています。その意識向上に少なからず影響を与えているのが、大学講師のバンバン・スウィルダさんが始めた「ゴミ銀行」です(詳細は「インドネシア、ゴミの持込で診察無料に」)
住民が窓口に古紙やプラスチック、金属、ビンなどリサイクル可能なゴミを持ち込むと、通帳にその種類や量を記帳して倉庫に預かります。そして、月に一度業者に売却して得られた代金を、重量に応じて各自の口座に分配する仕組みです。
住民にとっては、ゴミを持ち込むたびに僅かながら預金が増えることが、継続する動機付けになります。加えて、ゴミ問題を真剣に考えることや、エコ意識の向上にもつながるというわけです。
実際に日本の研究者による調査では、ゴミ銀行周辺の住民はゴミ分別の重要性の理解やゴミ問題への意識が高いことが示されています。日本でも、子どもの教育や住民の意識向上の一環として、あるいはスーパーなどの商業施設が集客の施策として、ゴミ銀行を展開すると面白いかもしれません。
ジャカルタ市内の至る所に設置された分別ゴミ箱。都市部ではエコバッグが普及するなど、エコブームも起こっている
韓国の図書館が始めた「本の物々交換」
韓国の最新エコ事情にも触れましょう。韓国は資源が少ないこともあり、エコ意識がとても高い国です。2013年のリサイクル率は59%と、トップのドイツ(65%)に次いでOECD加盟国中では第2位(OECD調べ)。エコバッグは当たり前で、ゴミの分別は日本より細かく、エコ意識ではアジアの中でも群を抜く優等生です。
ゴミ問題への意識に加え、物を大切にする文化もしっかりと根付いています。有名な店が、ボランティア中心で運営するリサイクルショップ「アルムダウンカゲ」。全国に140店を展開するこの店では、家庭で不要になって寄付された衣料品などを販売し、収益を社会的弱者のために使っています。韓国ではこの社会貢献型の事業モデルが評価され、とても人気が高くなっています。
韓国中部の忠清北道にある「曽坪郡立図書館」が始めた「本の物々交換」も話題になっています。利用者が所有する本1冊を図書館に寄贈すると、他の利用者が寄贈した館内所蔵の本を1冊持ち帰ることができる仕組みです。当初、交換用に400冊の本が寄贈され、そこからこのユニークなシステムがスタートしました。
韓国でもネット経由の電子書籍購入が当たり前になり、紙の本の読者人口は減少しています。図書館も期限内に返却する煩わしさから、利用者が減っています。曽坪郡立図書館では、紙の本を読む文化の活性化、利用者の増加を図るため、「本の物々交換」という、ソーシャルでシェアリングエコノミーの要素もあるサービスを始めたわけです。
こうして、中国、フィリピン、インドネシア、韓国の現状を見ると、アジアで「エコ」がトレンドになっていることは確かなようです。しかし、経済や国の成熟度によって、温度差があることも事実。先行する国の取り組みが、エコ後進国に波及することも考えられるでしょう。
本コラムでは、アジア各国の最新トレンドを発信している「TNCアジアトレンドラボ」の情報をベースに、トレンドを深掘りした記事を連載します。次回のテーマはアジア各国に巻き起こる「健康ブーム」です。タイで広まる「クリーンフード」、マレーシアで人気の「ビーガンレストラン」、フィリピンで話題の「オーガニックファームツアー」など、最新事情を取り上げ、その背景を探ります。
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