バイク配車アプリで出前や家政婦も運べる?
人、モノ、サービスまで運び始めたアジアの配車アプリ
アジアに出張や旅行をした人なら、オートバイの2人乗りシートの後部に、客を乗せて移動する光景を見たことがあるでしょう。現地の人たちにとって主要な移動手段である「バイクタクシー」です。
アジアの大都市の中心部はどこも交通渋滞が慢性化し、特に朝夕のラッシュ時にクルマで移動すると予想外に時間がかかることもあります。しかし、バイクタクシーなら渋滞の間をぬって走行できるため、渋滞中の移動時間の短縮に最適です。
インドネシアの首都ジャカルタでも、バイクタクシーは庶民の足として活躍しています。インドネシア語で「OJEK(オジェック)」と呼ばれ、屋台街やバス停周辺、デパート、オフィス街などでは、客待ちをする多くのOJEKを見かけます。ただし、OJEKのたまり場に行かないと利用できず、乗る際に運転手と料金交渉しなければならない煩わしさがあります。
そうした問題を解決する手段として登場したのがバイクタクシー専門の配車アプリです。いわば、クルマの配車アプリ「Uber」のバイク版で、名前を「GO-JEK(ゴジェック)」と言います。
急速にシェアを伸ばすGO-JEKのバイクタクシー。緑のジャンパーが目印だ
スマートフォン上でアプリを立ち上げると、最寄りのバイクタクシーの位置がGPSと連動して地図上に表示されます。利用者が現在地と目的地を入力すると、近くの運転手のスマートフォンに通知され、利用者の元まで迎えにきてくれる仕組みです。目的地までの距離で料金が決まるため、面倒な値段交渉は不要です。
乗車時に必要なヘルメットも運転手が渡してくれます。同時にヘルメットの下に被るシャワーキャップを提供するなど衛生面にも配慮。運転手の名前や顔写真がアプリに表示され、利用後に運転手の評価を付ける機能もあります。
従来のOJEKでは、運転手と利用者の間に様々なトラブルが生じることもありました。けれどGO-JEKでは、運転手が評価を意識して質の良いサービスを提供するため、問題が起こりにくくなっています。
現在、GO-JEKのドライバーはジャカルタで約20万人にまで増加。これまでのOJEKより安く、便利で、安心して利用できるGO-JEKはたちまち市民の間で評判となり、急速にシェアを伸ばしているのです。
「人」だけでなく「モノ」も運ぶ便利屋
GO-JEKが便利なのは、運送する対象が人だけに留まらない点です。実は「モノ」も運びます。
自宅やオフィスにいて、他の場所に何かを届けたい場合は、GO-JEKのアプリを立ち上げて宅配サービスを選択。すると、近くのバイクタクシーが来て、目的地にモノを届けてくれます。言ってみれば、日本のバイク便と同じサービスです。
また、登録されているレストランの料理もGO-JEKの運転手が運んでくれます。アプリ上のメニューから持ち帰り可能な料理を選択するだけで、運転手がレストランに出向き、家まで料理を持ってくる出前代行サービスも提供しているのです。
スマートフォンの画面でGO-JEKのアプリを見せ合うインドネシアの若者(TNCアジアトレンドラボのパネラー)。GO-JEKの利用者は急増している
買い物代行サービスも提供しています。スーパーマーケットやショップなどの店名と品物を指定すると、GO-JEKの運転手が代わりに買いに行き、家まで届けてくれます。
特に重宝されるのが、ビールなどアルコール飲料の買い物代行です。インドネシアはイスラム教徒が国民の9割を占め、イスラムの教えでは原則的に飲酒が禁じられています。
しかし人によってはお酒を飲むことがあるのも実情。政府は、「若年層の飲酒は問題」と、彼らがよく利用するコンビニでのアルコール飲料の販売を2015年4月から禁止しました。
ただし、スーパーはアルコール飲料販売禁止の対象外。そのため、自宅からスーパーが離れている場合、GO-JEKにアルコール飲料の買い出しを頼む人が増えているようです。宅配や出前、買い物はいずれも運転手が今どの辺りを走っているかが、アプリの地図上に示されるため、状況を確認しながら到着を待つこともできます。
巧妙なやり口で利用者を囲い込む
GO-JEKのアプリでは、バイクを活用したサービス以外にも、クルマを配車するサービスも手がけています。引っ越しなど大きい荷物を運ぶ時に利用できるトラックの配車サービスも始めています。バイクタクシーと同じように、現在地と目的地を指定するだけで、クルマやトラックが来て、人も物も運んでくれます。
さらに、最近ではマッサージや掃除、美容エステの専門員を指定の場所に派遣するサービスまでスタート。当初はバイクタクシーの配車アプリに過ぎなかったものが、そのアプリをポータルにして、様々なサービスを提供するマルチサービスアプリに生まれ変わっています。
バイクタクシーを使った利用者を他のサービスに誘導したり、逆に他のサービスを使った利用者に対してバイクタクシーの利用を促したりするなど、相乗効果が期待できます。つまり、GO-JEKは配車アプリビジネスを昇華させ、プラットフォームビジネス化に打って出る戦略に、明確に切り替えているわけです。
GO-JEK上では様々なサービスを提供。プラットフォーム化戦略を推進し、囲い込みを図っている
プラットフォームを作り、その上に次々とサービスを加えていく戦略は、GoogleやAmazon、Facebook、LINEなどと、構造的には同じ。市民の足として使われているバイクタクシーを入口にプラットフォーム化を図り、様々なサービスを矢継ぎ早に展開して囲い込む戦略は、とても巧妙な方法です。
前回の連載記事(「アジアで覇権争うUberとGrab Taxi」)で紹介したGrab Taxiも、GO-JEKと同じようなバイクタクシーサービス「Grab Bike」を展開し、Uberも同様の「UberMOTO」を開始。その他にも登録運転手が女性のみの「LADYJEK」というサービスが登場しています。
バイクタクシー配車アプリ市場の競争はますます過熱。今後は、Grab TaxiやUberがGO-JEKのプラットフォーム化戦略を参考に、アプリに多様なサービスを載せてくる可能性は十分に考えられます。
GO-JEKの新しい試みは、日本の企業にとっても参考になる点が多々あります。例えば、日本国内でバイクを使って宅配や出前代行、買い物代行などの総合的なサービスをアプリ1つで提供することは、可能性のあるビジネスでしょう。プラットフォーム化し、他の多様なサービスの提供を通じて囲い込むこともできます。GO-JEKのサービスを研究し、日本や他のアジアへの展開を検討することも有効です。
本コラムでは、アジア各国の最新トレンドを発信している「TNCアジアトレンドラボ」の情報をベースに、トレンドを深掘りした記事を連載します。次回は東南アジアで広がる「猫ブーム」について。日本では猫のペット数が犬を上回る逆転現象が起き、「ネコノミクス」といった新語も世間を賑わしていますが、実は猫ブームはアジアにも広がっているのです。
Powered by リゾーム?