AI時代を生き抜きたいなら「STEAM」を学べ
鈴木寛(文科省大臣補佐官) × 成毛眞 特別対談(後編)
ビル・ゲイツ曰く「大人はもちろん、初等教育から『STEM』を重要視することこそ国の競争力に直結する」。
サイエンス(科学)の「S」、テクノロジー(技術)の「T」、エンジニアリング(工学)の「E」、マセマティックス(数学)の「M」、これで「STEM」。そこにアート(美術)の「A」を加えた「STEAM」こそ、これからのAI時代を生き抜くために必要なものだ。
今回は「すずかん先生」こと東京大学・慶應義塾大学教授の鈴木寛さんとの「STEAM対談」後編をお届けする。
なお、この対談は『AI時代の人生戦略 「STEAM」が最強の武器である』(SBクリエイティブ刊)に収録されており、日経ビジネスオンラインで一部改訂版を特別公開するものだ。対談を通してSTEAMに興味を持たれた方は、書籍もお読みいただければ幸いである。
(前編から読む)
受験料収入のため数学が削がれる
成毛:今、大人向けの数学の本が売れています。たまたま高校で数学から離れたけれど、このままではまずいと思っている大人が買っているのかもしれません。
鈴木:日本では1学年にざっと100万人がいます。大学進学率はほぼ50%ですから大学へ行くのは50万人。そのうち一生懸命受験勉強をして大学へ入るのは約33万人です。残りの約20万人はAO入試とか推薦入試とか、競争のない形で進学します。
ところで、受験生が最も多い大学トップ3はどこか、成毛さん、ご存じですか?
鈴木寛(すずき・ひろし)/1964年生まれ。東京大学教授、慶應義塾大学教授。文部科学大臣補佐官、日本サッカー協会理事、社会創発塾塾長、元文部科学副大臣。東京大学法学部卒業後、1986年通商産業省に入省。慶應義塾大学SFC助教授を経て2001年参議院議員初当選。12年間の国会議員在任中、文部科学副大臣を2期務めるなど、教育、医療、スポーツ・文化、科学技術イノベーション、IT政策を中心に活動2012年、自身の原点である「人づくり」「社会づくり」にいっそうまい進するべく、一般社団法人社会創発塾を設立。社会起業家の育成に力を入れながら、2014年2月から、東京大学公共政策大学院教授、慶應義塾大学政策メディア研究科兼総合政策学部教授に同時就任。10月より文部科学省参与、2015年2月文部科学大臣補佐官を務める。日本でいち早く、アクティブ・ラーニングの導入を推進。
成毛:どこでしょうね。まず、早稲田は入るでしょうね。
鈴木:その通りです。早稲田、明治、それから近畿大学が11万人くらいでいつもトップ争いをしています。
成毛:普通に受験する50万人のうち、11万人が同じ大学を受験しているということですか。受験料収入はかなりのものになりますね。11万人が3万5000円を支払ったら、38億5000万円! 大学は受験生を減らしたくないでしょうね。
鈴木:減らさないため、成毛さんが大学経営者ならどうしますか?
成毛:受けやすくしますね。たとえば、受験科目数を減らすとか。しかし、国の教育改革を進める立場にいたら、もともとはできていたのに、受験のために数学を早々に諦める人が年間10万人レベル、つまりその学年の1割にも達するのだとしたら、これは由々しき問題ですね。ところで、先ほどの受験者数トップ争いに慶應は入っていませんでしたね。
鈴木:4万人くらいなんです。なぜだと思いますか?
成毛:文系学部の入試に数学がある、とか?
鈴木:そうです。数学と小論文があるので、多くの受験者から敬遠されてしまいます。
歴史を理解するにも科学技術を知るべし
成毛:ただし、科学部人口が17万人になったら、そのあたりの数字は少し変わるかもしれませんね。あるいは、国の側が入試に数学を出す私立大学への助成金を厚くするという手も考えられます。
鈴木:そのあたりはいろいろと考えているところです。大学入試が変われば、高校での教育も変わります。早稲田をはじめ、これから私立文系の入試も大きく変わっていくと思います。
成毛:ただ、科学技術が発展した今の世の中では、その仕組みを理解せずとも便利に使えているのだから、WiFiもスマホも理解する必要はないという人もいます。
鈴木:しかし、たとえば歴史を理解するにも、科学技術を知る必要があります。1989年11月、ベルリンの壁が崩壊しました。あれは特定の革命家がいない状態で、市民が起こした革命ですが、その市民を壁に向かわせたのは衛星放送ですよね。
成毛:東ドイツ側が会見で、出国に関する規制緩和を誤って「即座に認める」としたんですよね。その様子が、衛星放送で東ドイツ国内に、それから西ドイツ側にも伝えられました。
鈴木:では、なぜ市民が衛星放送を見ることができていたかというと、米ソ冷戦構造があったからです。衛星放送は、大陸間弾道ミサイルさらには宇宙開発の競争があったことの産物です。ベルリンの壁が崩壊し、米ソ冷戦構造も崩れ去り、ソ連もなくなった。
すると、アメリカの国防高等研究計画局(DARPA)が開発していたインターネット技術を国防総省が管理する必要がなくなり、クリントン・ゴア政権(ビル・クリントン大統領とアル・ゴア元副大統領)が、それを世の中にオープンにしました。そのことが、インターネット革命の引き金になったのです。
つまり、技術革新が世界史を動かし、世界史が技術革新のタネになる。今、ライフサイエンスの世界で進んでいることもまたそうです。こういったことを把握していないと、現代の世界史は理解できません。
論理性を高めるには数学と論述ができればいい
成毛:それひとつとっても、私大文系だからSTEMは無関係とは言えないということですね。数学についてはどうですか。微分積分は社会に出てから役に立たない、だから数学を一生懸命勉強する必要はないと言う人もいます。
鈴木:高校で習う数学は論理です。論理的でないと、自然科学はもちろん人文科学も社会科学も理解し、語り、書くことができません。論理的でないと、普通の文章も書けないのです。
大学のランキングが話題になることがありますが、そのうちのひとつに「アカデミック・ランキング・オブ・ワールド・ユニバーシティズ」があります。2015年のランキングを見ると、日本からは東京大学が21位、京都大学が22位にランクインしています。
これを学科領域別に見てみると、東大はサイエンスでは9位、京大は18位です。ところが、社会科学はどちらも200位内に入っていなくて、これが大きく足を引っ張っています。
今、シンガポールで就労ビザを取得するには大学を卒業していることが求められますが、これに、アカデミック・ランキング・オブ・ワールド・ユニバーシティズで200位以内の大学という条件がつく日も近いのではないかといわれています。
成毛:今、200位以内に入っている日本の大学は、東大と京大以外にはどこがありますか。
鈴木:名古屋大学(77位)、大阪大学(85位)、それから東北大学(101位から150位の間)と北海道大学と東京工業大学(どちらも151位から200位の間)です。
成毛:たったそれだけ! 文系学部が足を引っ張っているのは、論文を書く言語の問題でしょうか。
鈴木:論理性の問題だと思っています。極端なことを言えば、数学と論述ができればいいんです。これも入試である程度改善できるでしょう。
大学入試改革で下克上がはじまる
成毛:大学入試が変われば、予備校も変わりますね。
鈴木:予備校で論述を学ばせるようになりますね。ただ、論述指導にはコストがかかります。ですからその分、コストを上げることになって、予備校のビジネスモデルは変わることになるでしょう。
成毛:ただ、論述指導もAIでかなりできるようになるでしょうね。
鈴木:採点も同様です。すでに今、TOEFLの論述問題は自動で採点しています。
成毛:高校教育も変わりますね。
鈴木:すると新たな問題が出てきます。新しい入試に対応した勉強を教えられる教員がいる地域とそうでない地域、また学校の差が出てきてしまうのです。
成毛:有名私立の中高は有利になりそうですね。
鈴木:これを機に起死回生を図ろうとしている私立校は幾つも見受けられます。一方で、こういった構想に根強い抵抗を示しているのが、地方公立高校校長会です。
この主要メンバーは、旧制一中の校長先生なのですが、十分にマインドセットが変わっていない方が多いような気がします。知識偏重型の教育にまだ固執している。
成毛:旧制二中、三中はどうですか。
鈴木:とりわけ三中は好機と受け止めていますね。ですから、旧制三中と旧制一中の間で、下克上が起こるかもしれません。
成毛:私の母校札幌西高校は旧制二中で、スーパーサイエンスハイスクールでもあるので、ぜひ頑張ってほしいですが、STEM教育をめぐって高校間でバトルが起こりつつあるんですね。
マークシート方式が日本をダメにする
鈴木:これまでのようにマークシート形式の入試を続けていると、この国はダメになると思います。あれは要するに、人から与えられた選択肢を消去法でつぶしていき、最後に残ったものにマークするというものです。つまり、製品のダメ出しをしているのと同じです。
成毛:確かにそうですね。
鈴木:そういう人を毎年何十万人と量産するのが、マークシート方式の今の大学入試センター試験なんです。一方で、白い紙に自由に論述していくとなると、2つとして同じ答案はできません。それこそがオリジナリティーであり、イノベーションであり、クリエーションです。
成毛:そうですよね。大学の入試が変わると、高校、中学の教育が変わるだけでなく、輩出される人材も変わるということです。それはいいことですよね。これからの子供たちは、イノベーティブかつクリエイティブな人間になる教育を受けられるわけですから。
鈴木:ですから、マークシートに慣れきったお父さんお母さんは、子供たちにバカにされるようになってしまうかもしれません。
成毛:今、ちょうど小学生や中学生のお子さんがいる方は、要注意ですね。ただ、STEMだけ勉強すればいいというわけでもないでしょう。
鈴木:そもそも、STEMという言い方が古くなっています。ですから今頃「なぜSTEMを学ぶのですか?」と言っている大人は、1周どころか2周遅れています。
そして「なぜ学ばなければならないのか」がわからない大人は、今すぐ、ビジネスの現場から退いたほうがいいほどです。
豊田章男社長の「弁当分析」に学べ
成毛:以前、20年以上前のこと、私がマイクロソフトにいた頃、今はトヨタの社長になった豊田章男さんに「鶏そぼろ弁当効果」を解析するソフトを使ってほしいと言われたことがあります。
新幹線で東京へ出張するときに、名古屋駅の駅弁売り場に寄ると、いつも幕の内弁当しか残っていないんだそうです。自分が食べたかった鶏そぼろ弁当は先に売り切れてしまっているんですね。
問題は弁当の仕入れの数にあります。鶏そぼろ弁当が本当の売れ筋なのに、もともと少ない数しか仕入れていないので早めに売り切れる。逆に大量に仕入れた幕の内弁当はいつでも買えるから結果的に多く売れる、そこで店は明日も多く仕入れる。
これはつまり、売れるからといって白い車ばかりつくっていていいのかという話です。豊田章男さんは、そこに当時から気がついてビッグデータ解析をしようとしていたのです。しかも、それをパソコンにやらせようと考えていました。
鈴木:経営者には、そういったセンスが求められますね。今の鶏そぼろ弁当の話が理解できない人は、やはりビジネスの世界を引退したほうがいい。豊田章男さんはいわゆる文系学部出身ですが、それでもそういったセンスを磨くことはできているわけですから、他の経営者も言い訳はできません。
STEMだけでは不十分
成毛:今となっては、経営者として当たり前ですよね。つまり、今さらSTEMをわかっているからと言って安心はできません。
鈴木:すでに教育界では、STEMだけでは不十分だと考えていて、シンギュラリティ以降は、善と美が人間の仕事として残ることを前提とした話をしています。
成毛:つまり、AIに使われるだけの人間にならないためにSTEMは必須だし、AIを利用した仕事をするためには善と美が理解できないといけない。
鈴木:ですから「STEM+アートとデザイン」が欠かせないのです。これを「STEAM」と呼ぶ人もいますが、まだ呼称として確立はしていません。
成毛:善と美が人間の仕事になったその先はどうなると見ていますか?
鈴木:善や美を科学で解明しようという試みが進むでしょう。ですから哲学、倫理、社会学、とりわけ社会性をつかさどる脳、社会脳の研究に興味を持っています。
(了)
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