(前回から読む)
《軍隊には、その国の底辺に近い者が多く集まってくるものなのだ》《日本という国は、何に関してもトップのレベルに特出したものがない。ところが、どういうわけか、ボトムのレベルが他国に比べると非常に高い。優秀な人が多いのではなく、優秀じゃない人が極端に少ないのだ》――組織論として読み応えのある『国のために死ねるか』(文春新書)の著者、元自衛官の伊藤祐靖さんは、自衛隊初の特殊部隊、海上自衛隊の特別警備隊の設置に力を尽くした人物だ。
特殊部隊と聞くと、どうしてもディスカバリーチャンネルで見る『アメリカ海軍特殊部隊』シリーズなどを想像してしまう。むくつけき筋骨隆々とした男たちが、過酷な環境下で黙々と任務に取り組む、あのイメージだ。伊藤さんも、著書の帯の写真ではフライトジャケットを着て、こちらを睥睨するように胸の前で腕を組んでいるだが、今日は、青い小花柄の半袖シャツに、水色のパンツという出で立ちなのである。
世の中に溶け込むように、目立たぬように
成毛:伊藤さんは、いかにも特殊部隊の人という外見ではないですよね。
伊藤:世の中に溶け込むように、目立たないようにしています。
成毛:特殊部隊の隊員であることを識別する方法はあるんですか。
伊藤:コウモリとサソリをあしらったバッジがあります。コウモリは夜のパラシュート降下のイメージ、サソリはワンショット・ワンキルのイメージです。でも、それをつけてそこら辺を歩くことはありません。むしろ隊員には、長髪や茶髪を承認していました。
成毛:特殊部隊の人だとすぐには分からないようにという工夫ですね。
伊藤:ただ、潜るために水中マスクをつけるので、やはり髪は短い方がいい。それに、江田島ではバレバレでした。あそこでは、飲み屋に行くと私は「小隊長」と呼ばれていましたし(笑)。
伊藤祐靖(いとう・すけやす)
1964年生まれ。日本体育大学から海上自衛隊へ。防衛大学校指導教官、「たちかぜ」砲術長を経て、「みょうこう」航海長在任中の1999年に能登半島沖不審船事件を体験。これをきっかけに自衛隊初の特殊部隊である海上自衛隊「特別警備隊」創設に関わる。42歳、2等海佐で退官。以後、ミンダナオ島に拠点を移し、日本を含む各国警察、軍隊に指導を行う。現在は日本の警備会社などのアドバイザーを務める傍ら、私塾を開いて現役自衛官らに自らの知識、技術、経験を伝えている(写真:川島良俊、以下同)
成毛:バレバレですね(笑)。でも、溶け込むような工夫は必要ですよね。GIカットで迷彩服を着て鋭い目つきで歩いていたら、誰が見たって「はい、特殊部隊の方ですよね」となりますから。ただ、みんな背は高いんじゃないですか。
伊藤:どこの国でも、まともな特殊部隊の平均身長は170センチ強っていうところだと思いますよ。
成毛:あまり大柄ではないですね。大きくない方がいいんですか。
伊藤:人間の急所は下半身に集中していますから、背が高いということは、弱点をさらして歩いているようなものなのです。ですから、大きいと格闘でやられてしまいます。それに、体が小さいと酸素消費量と燃料というか、食料も少なくて済みます。ただ、ある程度体重がないとダメなので、165センチは必要です。
痛みは我慢できる。一番厳しいのは考えること
成毛:伊藤さんのつくられた特殊部隊に入るため、肉体的にクリアすべき基準はどんなものですか。
伊藤:細かいことはお話できないんですが、視力で結構引っかかりましたね……。今はみんなあまり視力が良くないんですよね。
成毛:変な話ですが、隊員の方は飲んで羽目を外すこともあるんですか。とてもストイックな印象があるのですが。
伊藤:飲まない奴もいますが、飲みますね。飲んでいるときに出撃と言われる可能性もあります。
成毛:ということは、酔った状態での訓練も?
伊藤:そんなの、許可されるわけないです(笑)。ただ、私の私塾ではやっています。私塾では、何を食べるべきかから教えます。
成毛:やはりストイックですね。特殊部隊の訓練は、どれくらい苦しく厳しいものなんですか。
伊藤:痛いとか苦しいとかっていうのは、慣れもあるので、何ということはないんです。一番厳しいのは、考えなくてはならないことです。目を開けるのも面倒なくらい疲弊しているときに、考える、説明する、作戦を変更する。一番厳しいのはこれです。さらに厳しくなると、生きているのが面倒になっていきます。
成毛:頭を使うのが面倒になるというのは、ほかの仕事で追い込まれたときにも十分に考えられる状況です。
伊藤:そういう極限状態に置かれると、バンザイ突撃をしてしまう心理を良く理解できるんです。
成毛:玉砕覚悟の攻撃ですよね。
伊藤:硫黄島の戦いで栗林司令官はそのバンザイ突撃を禁じました。死んでしまうということは、すべての苦痛からの解放です。その解放を禁じる側、禁じられた側は相当、きつかったと思います。ただ、任務は死ぬことではなく任務を達成することなので、リーダーは部下が生きるのが面倒だと思わないよう、モチベーションを維持できるようにしなくてはいけません。
好奇心、功名心が一番大事なものを失わせる
成毛:伊藤さんは今、ビジネスパーソンを対象にした研修も行っていますが、そこでもこういったことを教えているのですか。
伊藤:座学のほか、実習も受けてもらいます。たとえば、普通の会社ではあり得ないような「Aという人物がBという人物に接触するという情報を得た」という前提での実習です。ただ、我々はBという人物がどんな人物なのか知りません。そこで、AにもBにも気付かれることなくBの特徴を捉えて、私に報告せよという命令を出します。
成毛:どんな人物、というのは、外見などのことですよね。
伊藤:そうです。すると、Bの人物特徴を捉えようとか、写真を撮ろうとか考える人が多いのですが、実は、一番大事なのは、こちらがそうしていることに、AにもBにも気付かれないことです。もしこちらが探っていることに気付いたら、AとBは接触することなく逃げます。でも、実習訓練に入ると、まじめにBを探してしまい、バレてしまうことが多いのです。
成毛:それでは“AにもBにも気付かれることなく”という条件を満たしていませんね。
伊藤:ですから、与えられた任務を分析し、何をすべきで、何をすべきではないかを明確にする必要があるのです。それを任務分析と言います。これは、任務続行中はずっと意識していないとなりません。少しでも気が抜けると、個人的に興味のあることを優先させたり、手柄を立てたいという気持ちに負けたりして、一番大切なものを失うことがあります。
成毛:伊藤さんが特殊部隊の必要性を感じたのは、1999年3月に起きた能登半島沖不審船事件がきっかけだと書かれていました。護衛艦「みょうこう」で不審船を追いかけているうちに、部下に身の危険を伴う出撃の瞬間が迫ってきて、伊藤さんは気が付くのです。《美しい表情の彼らに見とれながら、「彼らは向いていない」と思った。向いている者は他にいる》と極めて冷静な判断をしています。《彼らは、自分の死を受け入れるだけで精一杯だった。任務をどうやって達成するかまで考えていない。しかし、世の中には「まあ、死ぬのはしょうがないとして、いかに任務を達成するかを考えよう」という者がいる》、だから特殊部隊を後者で組織しようと考えたわけですよね。ただ、読んで理解したつもりですが、特殊部隊をつくるというのは、大変なエネルギーが必要なことですね。
宿命と感じさせる。それがリーダーの唯一の仕事
伊藤:私はそのために、この部隊をつくるためにこの世に生まれてきたんですから。
成毛:そういう宿命を感じているんですか。
伊藤:と、自分に言い聞かせないとやらなくなっちゃうから(笑)。
成毛:不審船を追うという経験がなくてもそう思いましたか。
伊藤:それはないですね。あの経験があったからです。
成毛:特殊部隊の部下にも宿命だという思いを求めていましたか。
伊藤:宿命と感じさせるのが、リーダーのただひとつの仕事だと思います。
(つづく)
構成:片瀬京子
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