『国のために死ねるか』(文春新書)は、タイトルだけを見るとネトウヨ大歓喜系の読み物だし、帯の「危険思想か愛国心か」という赤い文字は右と左の対立を煽る燃料にふさわしいと思わせる。しかし読んでみると、この本は組織に属して働く人すなわち多くのビジネスパーソンと、その組織を率いる人つまりリーダーのためのビジネス書としての色合いが実に濃い。
濃いと言えば、著者の伊藤祐靖さんのキャラクターもまた、実に濃い。1964年生まれで、1999年3月に能登半島沖不審船事件が発生したときには、海上自衛隊の護衛艦「みょうこう」の航海長として不審船の追跡を行い、不審船を止めるため127ミリ炸裂砲弾をぶっ放すミッションに、サンダル履きで(理由は本に書かれている)臨んでいた。その経験を元に、後に自衛隊初となる特殊部隊である海自の特別警備隊設置に奔走することになるのだが、1999年と言えば、私はマイクロソフトの社長としてWindows 98を売りまくっていた時期だ。我々が2000年問題という見えない敵と戦っていた時期に、目の前の不審船と戦っていた伊藤さんとはどんな人なのか、会ってみたいと思っていたら、そのチャンスに恵まれた。「ビジネスリーダーのための教科書」の著者として当コラムにお招きし、特別編として対談の様子をお届けする。
どっちがどれだけダメかを争うのが戦争
成毛:はじめまして。今日はよろしくお願いいたします。
伊藤:こちらこそよろしくお願いいたします。
成毛:『国のために死ねるか』、非常に面白く読みました。不審船を追跡する部分もスリリングで興味深かったのですが、私はこの本を、組織論あり、リーダー論ありのビジネス書として受け止めました。あくまで一般論という前置きをしたうえで《軍隊には、その国の底辺に近い者が多く集まってくるものなのだ》と断じているあたりでは、これを読んだ多くの企業経営者が自社を軍隊に例えたがるだろうなと思いました。
伊藤:映画の影響だと思いますが、戦争というと、オリンピックやワールドカップのように、選ばれた人同士が争う場だと思っている人が多いようですが、そうじゃないんですね。ダメな奴同士が、どっちがどれだけダメかを争うのが戦争です。
伊藤祐靖(いとう・すけやす)
1964年生まれ。日本体育大学から海上自衛隊へ。防衛大学校指導教官、「たちかぜ」砲術長を経て、「みょうこう」航海長在任中の1999年に能登半島沖不審船事件を体験。これをきっかけに自衛隊初の特殊部隊である海上自衛隊「特別警備隊」創設に関わる。42歳、2等海佐で退官。以後、ミンダナオ島に拠点を移し、日本を含む各国警察、軍隊に指導を行う。現在は日本の警備会社などのアドバイザーを務める傍ら、私塾を開いて現役自衛官らに自らの知識、技術、経験を伝えている(写真:川島良俊、以下同)
成毛:ダメな奴といっても、自衛隊は違うでしょう。観艦式や富士の総合火力演習に出かけていくたびに、立派な人ばかりだと感じますが。
伊藤:私が海上自衛隊に入隊したときには、自転車に乗れない奴、じゃんけんを知らない奴なんかがいましたよ。
成毛:あらまあ本当ですか。じゃあ、日本が徴兵制になったらどうなりますか?
伊藤:その点は、旧軍の方は大変だったと思います。徴兵したら大変です。肉体的にも精神的にも、これ以上向いていない奴はいないという人間も、集まるわけですから。
成毛:今、左側の人々は日本に徴兵制が復活したら大変だと言っていますが、自衛隊側にとっても、逆の意味で大変なんですね。
伊藤:教育、大変ですもん。自衛隊は少年院でも更生施設でもないのです。
自衛隊という別世界を経験することが自信に
成毛:新入社員研修として自衛隊の体験入隊をする企業もありますが。
伊藤:それは、やったらいいと思います。基本的にタダですし。
成毛:タダなんですか。
伊藤:負担するのは食費とかシーツ代くらいです。もし半年、1年といった長期間となると大変ですが、たとえば5日間1本勝負なら、受けた側はきちっとしたなという気分になれると思いますよ。左右の区別が付かない人間を、しっかり回れ右できるようにするなんていうのは、アメリカほどじゃありませんが、自衛隊は得意ですから。
成毛:僕が体験入隊をしろと言われたらちょっと無理だなと思いますが、でも、別世界を経験しておくことはいいことですよね。いきなり海外で市場を開拓せよと放り出されたビジネスパーソンは戸惑うでしょうが、自衛隊という別世界を経験したという自信があれば、なんとかなると思えるでしょう。ただ、それを望まない人まで長期に徴兵されてとなると、話は別ですね。
伊藤:もしも徴兵制が導入されれば、日本という国の底辺は持ち上がるかもしれませんが、自衛隊の戦力はガバーンと落ちるでしょう。ただそれでも、日本は他の国に比べるとまだいいのです。
成毛:それについても書かれていたのがとても印象に残っています。《日本という国は、何に関してもトップのレベルに特出したものがない。ところが、どういうわけか、ボトムのレベルが他国に比べると非常に高い。優秀な人が多いのではなく、優秀じゃない人が極端に少ないのだ》という指摘には妙に納得させられました。できる人が多いのではなく、できない人が少ないんですね。
底辺中の底辺が異様に少ないのが日本の強み
伊藤:それが日本の強さです。軍に限らず、底辺中の底辺が異様に少ないのが、日本の強みです。ですから、戦いに勝ちたければ、この強みをどう使うかを考えなくてはなりません。
成毛:アメリカはどうなんですか。
伊藤:アメリカという国は、誰がやっても勝てるように戦略を立てるのが得意な国です。信じられないほどの予算を使い、バカにデカい飛行機をつくり、人の土地に行って何か落っことして帰ってくる。このアメリカ流の戦い方は、戦い方さえ決まっていれば、誰にでもできることです。
信じられないほどの予算をかけるのは、相手の国を石器時代に戻すくらいにまでしてしまっても、後からお金を使わせて元を取ればいいというしっかりした戦略があるからです。
その戦略を元に、個人に期待せず、歯車として管理する。それができるのが、彼らの素晴らしい能力です。歯車は、いくらでも代えられます。
成毛:それが、どんな人にでも回れ右なら教えられるということなんですね。質はともあれ物量で圧倒するというのは、アメリカが第二次世界大戦を乗り切った要因の一つでしょう。
伊藤:そうです。ただ、アメリカには戦略はあっても、戦術がないのです。戦略を立てられる人、戦術を立てられる人はいても、戦術を実行できる人がいないからです。
成毛:ああ、なるほど。アフガニスタンでの戦い方などはまさにそうですね。戦術は皆無なので、戦略を間違えていると、すぐに弱さを露呈するわけですね。
伊藤:そもそも、特殊部隊同士の戦いはアメリカが最も苦手とする戦いです。特殊部隊は、一人で何でもできる人で編成されるものなんですが、これがアメリカの最も苦手とするところだからです。
成毛:そこでも物量で勝負しようとしたくなってしまうからですね。
伊藤:それに、アメリカという国は、おそらく日本に勝ったことで、勘違いしたのでしょう。戦争は相手が止めてくれないと終われないものですが、対日本の戦争では日本が「もう止めます」と言ったあとは一切抵抗しないでいてくれました。
しかし、ベトナム、湾岸、アフガニスタン、どれをとっても相手は止めると言わないので、終わらない。戦争は終わらない。終戦にならないのです。
特殊部隊とゲリラはどこが違うのか
成毛:終戦にならないって、どうなるんですか?
伊藤:テロになります。テロという都合のいい言葉を使っていますが、要するに、正規戦を選ばない相手が仕掛けてくるゲリラ戦に負けているのです。
成毛:アメリカとしては、苦手な戦いを強いられていることになるわけですね。ところで、今ゲリラという言葉が出ましたが、特殊部隊とゲリラはどこが違うんでしょう。ゲリラとはいえ、アフガニスタンなどではそれなりに統制がとれているように見えました。
伊藤:作戦の目的が公にあるか、私にあるかの違いが大きいと思います。
成毛:なるほど。どうも、ベンチャーにも特殊部隊的ベンチャーと、ゲリラ的ベンチャーがあるような気がするんですよ。
伊藤:経営理念が公に傾いているのが特殊部隊的ベンチャー、私に傾いているのがゲリラ的ベンチャーでしょう。
成毛:世の中のためなのか、私腹のためなのかですね。どことは言いませんが、最初は特殊部隊的だったのにいつのまにかゲリラ的になっているベンチャーもありますしね。私が伊藤さんの著書を「ビジネス書」として読んだのは、こういった話が随所に出てくるからなんです。トヨタやパナソニックといった物量に恵まれたアメリカ的企業に、テラモーターズやバルミューダのようなベンチャーはどう立ち向かうべきなのか。あるいは、ベンチャーの攻勢を大企業はどう受けて立つべきなのか、立つべきではないかにも、戦闘と共通点があるでしょう。
伊藤:重要なのは、いかにして相手を相手の苦手な環境に引きずり込むかです。
成毛:ということは、苦手なところにおびき出すよう、仕掛けることも必要ですね。
防御とは、立てこもることではなく相手を誘引すること
伊藤:相手を動かすのに必要なのはエサかプレッシャーですから、エサでもいいですね。たとえば、相手が自分の陣地に攻め込んでこようとしているとします。その場合、攻められる側のほとんどの人は陣地を防御しようとします。でも、わざわざ向こうから来てくれるわけですから、歩きたくなるようなルートを用意しておけばいいのです。
成毛:それがエサですね。
伊藤:エサを使って陣地内に招き入れ、歩きやすいルートを歩いてもらえれば、あとはルートの先に落とし穴を用意しておくだけで、自動的に落ちていきます。
成毛:それ、『真田丸』の上田合戦の回で見ました。
伊藤:防御とは、立てこもることではなく相手を誘引することです。ビジネスでも同じでしょう。大企業には大企業の弱点があり、中小企業には中小企業の弱点がある。いかに相手の弱点を突ける場に引きずり込むか、知恵の出し合いです。
(つづく)
構成:片瀬京子
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