国立科学博物館「進化」の楽しみ方、教えます
藤野公之(国立科学博物館副館長)×成毛眞 特別対談(前編)
東京・上野恩賜公園。木々の海にまさに潜らんとするかのような巨大シロナガスクジラは、国立科学博物館(通称、科博)の屋外展示のひとつである。
まずその大きさに目を奪われるが、実は最新の研究に基づいて体の斑点模様や下あごの細かな感覚毛まで忠実に再現したものであることをご存知だろうか。
このディテールが示すのは、ここが博物館施設であると同時に、国の中心的な研究機関であること。科博の展示には一様に、研究者たちのプライドと研究対象への並々ならぬ愛が見え隠れする。
2015年7月、その科博の本丸・地球館がリニューアルオープンした。更新されたのは3分の1ほどのエリアだが、新たな発表の場を得た研究者たちは、さぞや燃えたに違いない。
2015年に『国立科学博物館のひみつ』(ブックマン社)を上梓した私は、その新展示にかける熱い思いをうかがうべく、藤野公之副館長を訪ねた。そこで改めて見えてきたのは、常に進化を求める科博の姿勢と、これからの時代に果たす科博の役割の大きさであった。
今回は「成毛探偵社」特別編として、新刊『国立科学博物館のひみつ 地球館探検編』(ブックマン社)に収録した藤野副館長との対談を公開する。「科博、やるじゃん!」と思われた皆さんには、実に15名以上の研究者とともに展示室を巡った様子をまとめた新刊もお読みいただければ幸いである。そして実際に科博に足を運び、数々の貴重な展示をその目で楽しんでいただきたい。
モノでどう語るか
成毛:2015年に出版した『国立科学博物館のひみつ』では、前副館長の折原守さんと、科博を愛するオヤジ二人で楽しく探検させてもらいましたが、今回は各フロアを担当の研究者の方に案内していただいて、とても贅沢な探検ができました。
藤野公之(ふじの・ただゆき)
国立科学博物館理事兼副館長/1961年生まれ。1985年早稲田大学政治経済学部卒業後、文部省入省。千葉県成田市教育長、青森県文化課長、初等中等教育局参事官、生涯学習政策局生涯学習推進課長、同政策課長、生涯学習総括官などを歴任。2015年4月より現職
藤野:出版後に地球館がリニューアルしまして、またこのような形で本にしてもらえるのは、当館としても大変ありがたいです。寄付会員にもなっていただいたようですね。
成毛:科博ファンなので入会したほうがいろいろお得だろうと。日本館の1階に掲げられた会員名のプレート、さっそく写真を撮りました(笑)。
藤野:特別展の内覧会への招待や、レストランの割引などの特典があるので、科博ファンの方にはおすすめです。
成毛:それにしても、科博は何度訪れても新たな発見がありますよね。
藤野:これからも、日々発見のある博物館でありたいと思っています。おわかりだと思いますが、科博には決まった見方がありません。科博はどこからでも好きなように見られるよう、いろいろなものを取り揃えて置いている、 言うなれば“おもちゃ箱”のようなところです。
成毛:いい喩えですね。しかも、そのおもちゃ一つひとつもかなり厳選されています。それにレプリカだけでなく実物をかなり展示していますよね。
藤野:モノでどう語りかけるのか、言葉に頼りすぎないのも科博の特徴の一つです。モノとコミュニケーションして、自分で感じて対話してほしいと思っています。
成毛:それで足りなければ、音声ガイドやかはくナビ(タブレット端末)も用意されていますし、今はスマホで調べられる時代です。自発的に調べたほうが記憶に残りやすいので、あまり丁寧に説明してしまって、調べたり見つけたりするチャンスを奪わないほうがいいでしょうね。
藤野:ICTなどによる新しいメディアを更にどう使っていくかは、今後、考えていく必要があると感じています。
ガラス越しではなく
成毛:新しいところでは、まず1階の「地球史ナビゲーター」がとても印象的でした。
藤野:今回のリニューアルでは地球館の3分の1にあたるスペースを今までになかった概念を取り入れて改修したのですが、1階の入ってすぐのところは全体の入り口にあたる場所ですので、宇宙史・生命史・人間史の壮大な物語を映像とモノでざっと見ていただこうという主旨で、あのようなスペースを設けました。
成毛:中央には、アロサウルスの骨格標本と、気象衛星ひまわり1号、隕石の3点が暗示的に展示されていますし、その周囲には、それぞれのテーマを象徴するモノがケース越しではなくそのまま展示されていて驚きました。それに、部屋をぐるっと囲む巨大スクリーンのアニメーションもよくできていますよね。
藤野:とても良いものになったと思います。
成毛:気になって調べたら、イラストの原案は斎藤俊介さんという、CMやライブ映像でも活躍されている方、監督は坂井治さんという、NHK『みんなのうた』などで活躍されている方なんですね。登場する動物たちも、一見、可愛くデフォルメされているようですが、一つ一つが忠実で、それぞれ種が特定できるのだと伺って、さすが科博だなと感心しました。
藤野:おかげさまで好評で、多くの方に見ていただいています。それから、科博のなかでも人気の、地下1階の恐竜のスペースもリニューアルしました。迫力ある形にできたと思っています。少し狭いのですが。
成毛:それが、恐竜がこちらに迫ってくるような雰囲気を作り出していると思います。
最新の研究に基づき、しゃがんだ姿勢で再現されたティラノサウルス
新刊の取材時は、標本資料センターコレクションディレクターの真鍋真さんのご案内で地下1階を巡りました
今年も嬉しい悲鳴が
藤野:また、地下3階にはノーベル賞受賞者をはじめとした日本の科学者を紹介するコーナーを新設しました。
成毛:計画中に新たに受賞者が出て、スペースの確保が大変だったという話を伺いましたが、さらに昨年(2016年)、大隅良典さんが生理学・医学賞を受賞されたので、また一仕事増えましたね。
藤野:嬉しい悲鳴を上げています。過去の受賞者の方には、来館の際にご自身のパネルにサインをいただいているので、大隅先生にもぜひお願いしたいと思っています。
成毛:科博という身近な施設とノーベル賞がつながっていると感じられれば、子どもたちの気持ちも高まりますよね。
進化は確かに少しずつ
成毛:子どもたちといえば、3階にできた『親と子のたんけんひろば コンパス』も大人気だそうですね。
藤野:これまで科博では、未就学のお子さん向けのプログラムがありませんでした。ただ、幼児期の教育効果は最も高いとよくいわれていますから、その時期に単に知識を与えるのではなく、体験できる、コミュニケーションできる場を作ろうと考えたのです。
成毛:ボランティアの方が活躍する『かはくのモノ語りワゴン』も、体験を提供してくれますよね。
藤野:大変評判が良く、外国の方からの関心も高いです。
成毛:これまで素通りしていた人は、ぜひ立ち止まって話を聞いてほしいです。ストーリーが実によくできていて、話し方もとても上手ですよね。
藤野:プログラムはかなり練り上げていますし、ワゴンに立って説明しているのは、実演試験をパスした方です。やりがいを持って取り組んでいただいています。
成毛:それで完成度が高いんですね。プログラムは定期的に変更するんですか?
藤野:一気にどんと増やすのではなく、少しずつバリエーションを増やしていきたいと思っています。
成毛:時代ですね。以前はバージョンアップというと、Windowsも95から98へと一足飛びに行ったりしましたが、今は毎日のように少しずつアップデートして、いつの間にかすべてが新しくなっているような変化が主流です。そのほうが安心感があるし、小さな変化を楽しめるのではないかと思います。『コンパス』や『かはくのモノ語りワゴン』のような先進的な試みは、科博以外でも行ってほしいですね。科博にしかないのはもったいないですよ。
藤野:私どももそう思っているので、単に視察を受け入れるだけでなく、教材やノウハウも広く普及していきたいと考えています。
成毛:地球館も少しずつバージョンアップしていくと思いますが、残り3分の2についても期待していいでしょうか。
藤野:もちろんです。リニューアルは私どもの宿命だと思っています。科学はどんどん進化しますし、自然史はどんどん解明されていくので、科博は常に発展途上にあります。
成毛:そうですよね。恐竜の外見や植物の分類なども、子どもの頃に教科書で見たものは今や正確でなくなっているものもたくさんあります。
特別展でも挑戦する
成毛:今日は平日ですが、館内は結構にぎわっていますね。
藤野:年間200万人を超える方に来ていただいています。
成毛:プロ野球12球団のうち、ホームゲームの年間動員数が200万人を超えているのは6チームだけですから、かなりいい位置につけています。やはり、毎回工夫を凝らしている特別展を目当てに来られる方が多いのでしょうか。
藤野:日本の博物館にはその傾向があるのですが、科博の場合は常設展目当ての方の割合のほうが高いです。ですから、常設展の魅力に特別展の魅力が加わっての200万人なのだろうと思っています。
成毛:それでも、特別展で恐竜モノをやると、相当並ぶんじゃないですか。
藤野:確かに、恐竜をテーマにした特別展には、毎回、多くの方に来ていただいています。ただ、人気のテーマばかりでなく、科博には科学リテラシーの向上を図るという使命がありますので、豊富に持っている標本資料などを使いながら、幅広い分野の特別展に挑戦していきたいです。
成毛:以前開催された『ワイン展』(2015年10月31日~2016年2月21日)はかなり思い切った試みだなと思いました。
藤野:科博は小中学生が行くところというイメージを打ち破れないかと思って、企画したものです。
成毛:科博としてもチャレンジだったのですね。
藤野:結果として、そのときの有料来館者の割合は大人が98%、小中高生が2%となりました。その前の『大アマゾン展』(2015年3月14日~6月14日)では小中高生の割合が全体の20%、『生命大躍進』(2015年7月7日~10月4日)では小中高生の割合が全体の29%でしたから、狙い通りの結果になったことになります。
成毛:特に、若い女性の姿を多く見ましたね。それから、あのときは特別展内のショップでワインを売っていてとても驚きました。
藤野:『ワイン展』は国税庁や農水省とのタイアップで、会期中には国税庁長官もお見えになりました。また国内のワインの産地の方にも土日のたびにセミナーを開いていただいて、これまではあまり結びつきのなかった地域や組織ともつながりができました。
拡張し、巻き込む
成毛:だいぶ画期的ですね。この度、海部陽介先生に『3万年前の航海 徹底再現プロジェクト』のお話を伺いましたが、それもクラウドファンディングを活用されるなど、最近は科博がオープンになっているように感じます。
海部陽介さんの「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」のお話も新刊に収録しています
藤野:科博には動物研究部、植物研究部、地学研究部、人類研究部、理工学研究部と5つの研究分野があり、それぞれを組み合わせると複合的なことができますし、それに伴って連携先も増えています。
成毛:連携の担当は特別に設けているのですか。
藤野:もともと企業や地域との連携を担当する課がありましたが、2016年からは博物館等連携推進センターという、部に相当する部署を設けました。科博は小さな組織なので、自分たちだけでは活動に限界があります。場合によっては、他と結びついて新しいことをやっていかなくてはならないと思っています。特に2020年は東京でオリンピック・パラリンピック大会が開催され、海外からの観光客が増えることが予想されますが、これは科博などが持つ資産をより活用するチャンスでもあります。そこへ向けて各地域の博物館と広く連携・協働し、たとえば巡回展やサイエンスカフェのような事業を一緒に行っていこうと考えているところです。
成毛:まさにナショナルセンターとしての役割を、これまで以上に果たしていこうということですね。
(後編に続く)
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