創業者ほどの上昇志向を持たない二代目、三代目社長からは「価格競争の激しい市場で戦うのは疲れた」という声がよく聞かれる。一方で「人と競争するのは性に合わない」とこぼす若手社員も増えている。
それならいっそ「戦わない経営」を目指してみてはどうだろう。
「企業間競争は避けられないもの」と考えがちだが、必ずしもそうではない。経済学者のマイケル・ポーター氏は、競争を避けることは重要な競争戦略の一つという考え方をしている。中国古典『孫子』も「不戦の戦略」を唱えており、靴下メーカータビオの越智直正会長は孫子の教えを基に会社を発展させた。
まずは、『戦わない経営』という本の著者である浜口隆則氏に、戦わない経営とはいったいどういうものなのかについて聞いてみる。
10年前、なぜ『戦わない経営』を書こうと思ったのですか。
浜口:起業家を支援する会社を立ち上げて、仕事柄、たくさんの会社を見るうちに、多くの経営者は目的を間違えているんじゃないか、という思いが募ってきたんです。私自身も経営者として、最終ゴールをどこに置けばいいのかと、ずっと自問していました。
浜口隆則(はまぐち・たかのり)
ビジネスバンクグループ社長。横浜国立大学、ニューヨーク州立大学卒業。1997年に「日本の開業率を10%に引き上げます!」をミッションに創業。起業家向けオフィス賃貸事業などを生み出した。現在はクラウド型経営システムなど、さまざまなサービスを手掛ける。『戦わない経営』(かんき出版)など著書多数
そして次第に、会社が人の活動で成り立っている以上、人のためになっていなかったら、会社がどんなに成長して利益が出ても、意味がないと考えるようになりました。人の幸福が経営の最終目的であり、利益はそれを実現する手段にすぎないと。
では、幸福追求型の経営はどうすれば実践できるのか。その解が「戦わない」でした。
10年ほど前はホリエモン(堀江貴文氏)の逮捕などがあり、会社は誰のものかが問われた頃です。『戦わない経営』に対する経営者の反応は。
浜口:9割ほどの人は好意的でした。ただ、身近な人に聞いた反応なので、実際は反対する人がもっと多かったでしょう。
日々戦っている経営者からすると「戦わないでやれるはずがないだろ」と拒絶したくなる気持ちはよく分かります。賛成派の人たちも「主張は分かるけれど、本当に実現できるのか」と懐疑的だったはずです。
「戦わない経営」が本当に浸透するには10年かかるだろうと当時言っていました。私が伝えたいこととは少し意味が違いますが、ブルーオーシャン戦略が注目されたりと、世の潮流としてはそっちに向かっていると思います。
顧客、他社、社内の幸福
浜口さんが考える「戦わない経営」のイメージと、その実現方法はどのようなものですか。
浜口:カスタマー(customer)、コンペティター(competitor)、カンパニー(company)という3つのCにおいて、戦いがなくなるといいだろうなと考えました。戦わないというと競合他社との関係に目が向きがちですが、会社に関わる人を幸福にするには、残り2つもすごく大事なはずです。
顧客と戦うというとイメージしにくいかもしれませんが、顧客を「攻略する相手」と捉えている会社は多いのではないでしょうか。「ターゲット」という言葉だったり、顧客を「囲い込む」という言葉だったり。「どうやって買わせようか」と考えているうちは、結局顧客と戦っているんです。
顧客と企業は表裏一体の関係ですよね。どちらか一方では成り立たない。ならば、企業と顧客が一緒になって、気持ちのいい関係を築くためにはどうすればいいのか。具体的には、顧客がその企業のファンになってくれ、別の顧客を紹介してくれるような関係性が理想だと考えています。
顧客を攻略するという考え方をしている限り、顧客を幸せにすることはできないと。
浜口:私は経営者の人たちに「お客様のことが好きですか」と聞きます。お客様に単に商品やサービスの価値を提供するだけではファンになってくれないと思うんです。自分たちはお客様のことが好きだ、とちゃんと言えるというのが、すごく大事だと思っています。
心理学で言われるように、こちらが好きになると、相手も好きになってくれるもの。お客様のことが好きだからこそ、もっと提供する価値を高めたいと頑張ることができる。嫌いな相手のためには頑張れない。お客様のことを好きになることが、お客様を幸せにするスタート地点だと思います。
では、他社と戦うことをやめるにはどうすればいいですか。
浜口:完全に競争をなくすことは難しいかもしれませんが、相手と重複しない場所は必ずあると思っています。他社と同じものを提供している限り、お客様から見たら、どっちでもいい存在でしかなく、相対的な価値は下がる。
そうなると泥試合になり、価格がどんどん下がっていきます。それでは、どちらの会社も幸せにはなれない。とにかく少しでもいいから、自社のポジションをずらしたほうがいい。
立ち位置を整理すれば、ここをずらすと実はどの会社も手掛けていないし、ニーズもあるという場所は必ず見つかるもの。例えば焼き鳥店なら、普通は男性客を想定しますが、女性客向けの焼き鳥店があってもいいし、焼いているスタッフが女性でもいい。
この業界はこういうやり方です、とステレオタイプで考えることをやめれば、戦わなくても済む場所が見つかる。スポーツは決まったルールの中で競いますが、経営はルールそのものを変えられる。自らの意思で土俵を変えられることが経営の面白さなのです。
仕事は「味方」である
最後のCである、会社と戦わないとはどんなイメージですか。
浜口:社員同士がけんかばかりしていたり、給湯室で同僚の悪口を言っていたりとか、そういうことは日常的にあると思いますが、そんな状況で仕事をしていたら、幸せにはなれないと思います。馴れ合いはだめですが、チームワークが良くて、ストレスが少ないに越したことはありません。
社内で戦わないためには、同じ船に乗っている仲間であるという意識を持つことが大事です。創業からしばらくして、会社が安定したり、規模が大きくなったりすると、互いの関係性が見えなくなってきて、何かがあるたびに「あいつが悪い」と言い始める。
最初は、仲間の悪口を言わないことから始めればいいと思います。それだけで随分変わります。現実に、ギスギスした雰囲気の会社は悪口が横行しています。
経営ビジョンを共有することも大切だと思います。
浜口:ビジョンはもちろん重要ですが、ビジョンを共有したからといって、必ずしも社員同士が仲良くなれるものではありません。いろいろな会社を見ていると、社員が自立していない会社は争っている。社長や上司から「頑張れ」と言われないと頑張らない人が多いと、互いの関係が悪くなる。
そこで内発的な動機を高めることが重要になります。私の会社で実践して確実に効果があったのが、仕事はあなたの「味方」だと理解してもらうこと。仕事はつらいもので、敵のように捉えている人がいますが、本来、仕事は人の役に立つものであり、あなたの人生を豊かにすると気づかせる。
急には変わりませんが、仕事の本質的な意味を理解できた瞬間から、自分の中からモチベーションが湧き起こってくるのが、見ていてもよく分かります。そうした内発的な動機があってこそ、ビジョンがより生きてくる。
「平和ボケ」で大変な目に
戦わない経営を、浜口さんの会社でも実践したのですね。手応えはどうでしたか。
浜口:実は途中で「平和ボケ」をした時代がありましてね。もともと、当社では起業家向けにレンタルオフィス事業を手掛けていました。今のシェアオフィスやコワーキングスペースの源流になるものをつくったんです。それが非常にうまくいって、東京都内で500室くらい展開していた。
ところが「戦わない経営」に舵を切ったら、新しい事業に取り組もうとしても、社員が一生懸命にならない。新事業を立ち上げるのはハードなので頑張らないといけないのに、どうも頑張りきれないのです。もっとも、私自身も平和ボケというか、満足していた部分があった。
これはまずいと思い、安定していた事業を捨てました。
レンタルオフィス事業を手放したということですか。
浜口:他社に売却したんです。事業の仕組みとブランドを売り、社員はそのまま残りました。そうして自分たちを追い込まないと平和ボケは解消しないと思った。
でも、そこからさらに大変でした。習慣は急に変えられないですから。それが5年前の話で、最近、ようやくバランスが取れたチームになった気がします。平和ボケもないし、戦ってもいない。
幸福について考えることが必要
人間は競争するという要素がなくなると、自分で自分を律していかなければモチベーションが低下し、成長が止まる。それを防ぐのは簡単ではないということが、実体験でよく分かりました。
ただそれは私のリーダーシップの問題で、もっとうまくハンドリングしていれば、平和ボケは起きなかったかもしれない。具体的には先ほどの内発的な動機付けをするといったことです。
ですから、私自身も今なお、模索中なんです。競合相手がいない、お客様とも関係は良好、社内も仲がいい。三拍子がそろうことで幸福度は確かに高まる。ただ、自己成長しない組織では、それはそれで幸福ではない。
でも、そうして幸福について考えるということが、経営者にはもっと必要ですよね。企業経営が人を幸せにするためにあるはずなのに、経営者が幸福というものに関心がないのは、やはりおかしいことだと思うんです。
(この記事は、「日経トップリーダー」2017年11月号に掲載した記事を再編集したものです)
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