「教育化」という新しい動きが中小企業の中から出ている。教育化というと、学習塾などの教育産業を思い浮かべるかもしれないが、そうではない。「企業が顧客に何かを教える」という意味だ。「企業が顧客に何かを気づかせる」というニュアンスでもある。
知らなかったことを教えてもらう。気づいていないことを気づかせてもらう。そうした企業の行為に対し、顧客は売買の関係を超えて感謝する。感謝の度合いが高ければ極端な話、金額のことはあまり気にならなくなる。教育化した事業は付加価値が高い。
今回紹介する「ワコン」は、保冷箱などを販売する会社だが、「箱を売る」のではなく「温度を売る」ことで最適な運送方法を顧客に教えることで売り上げを伸ばす。商品を売ろうとせず、運送のソリューションを提供する姿勢が顧客の信頼に結びついている。
「売らなくていいの?」
ワコン(和歌山県紀の川市)は段ボールや保冷箱など、主に梱包材の製造販売を手掛けている。こうした会社の営業担当者は、普通なら「箱を売る」のが仕事だ。
しかし西田耕平社長は、営業担当者に「箱を売らずに、温度を売れ」と指導する。医薬品や食品など、保冷輸送が必要なものについて、どうしたら適切な温度管理ができるかを教えることを優先しなさいという意味だ。
ワコンでは右のような保冷箱を販売するが、西田社長(左)は「箱を売れ」とは言わない
「お客様は自社製品を運ぶに当たり、最適な保冷輸送の方法が分からないまま、『この保冷箱を買えば大丈夫だろう』と注文してくることがよくある」と西田社長。顧客の言う通りに箱を売ったとしても、顧客のニーズに応えられるとは限らないのだ。
例えば、ある企業から保冷箱の注文が入ったとする。しかし聞けば、既にその会社では保冷車を所有していることが珍しくない。保冷車があるのに、保冷箱が欲しいというのは何か理由がある。こんな場合は、顧客の本当のニーズは何かと細かく確かめる。
保冷車は扉の開閉の度に、中の温度が上がる。特に真夏の炎天下では、庫内温度を一定に保つことが難しい。庫内温度が下がりきる前に、次の配達先に到着し、保冷車の扉を開かなければならないことがしょっちゅうあるからだ。
顧客が運びたいものが、保冷車だけでは本当に無理なのか、それとも保冷箱がやはり必要になるのか、時間をかけて顧客と一緒に考える。大事なのは、顧客のウォンツ(欲しいもの)ではなく、ニーズ(実現したいこと)である。
「お客様の商品のことは、お客様が一番よく分かっている。一方で我々は、温度管理のことがよく分かっている。こちらが上に立って、顧客に保冷ノウハウを教えるのではなく、それぞれのノウハウを出し合って最適解を導き出していく」(西田社長)。
やり取りの結果、保冷車だけでも大丈夫となれば保冷箱は売らずに帰る。「驚いたお客様から『西田さん、あんた箱売らんでいいの?』と、言われることが時々ある。でも、保冷車だけで運べるならそれがコスト的には一番いい。言ってみれば、箱は『必要悪』。どうしても必要になったときだけ使えばいい」(西田社長)。
そんな営業スタイルで会社は回るのかと思うかもしれないが、「お客様も売り上げも増え続けている」と西田社長は話す。「箱を売ろうとしないと、お客様は私たちをめちゃくちゃ信用してくれる。信用を売っているようなもの」。
背景には、温度管理に対する絶対的な自信もある。外気温の変化により、庫内の温度がどう変動するかを精緻に予測できる温熱解析シミュレーションシステムを大手企業と共同で開発した。より正確なデータが必要ならば、ワコンの社内にある恒温庫で実証実験をすることもできる。
箱を売らずに、顧客と一緒にソリューションを考えるようにすると、 「こんな方法はどうだろう」と顧客からもどんどんアイデアが出てくるという。ワコンが気づかなかった保冷車の弱点などを教えられることもよくある。
その貴重な情報は、新たな商品やビジネスを生み出す。そうした点からも、西田社長は「箱を売るな」と言っているのだ。また「お客様からもらったアイデアを商品開発に生かすことで、お客様がその商品に強い愛着を持つ。同業他社と競合になっても、うちを選んでくれる」(西田社長)。
段ボールも「売らない」
保冷箱だけでなく、段ボールの事業でもその姿勢は同じ。西田社長は「段ボールを売るな」と指導する。ある営業担当者は県内の梅関連メーカーを集めて、どうすれば顧客の商品が売れるか、その方法を考えるセミナーを企画した。
「こんなパッケージにすればSNS(交流サイト)で見栄えがしますよ──」。セミナーは参加者から大好評。ワコンは桃風味の梅酒を梱包するために、見栄えを重視したかわいらしい箱も提案した。
梅酒の商品用パッケージ。インスタグラムで話題になった
すると、梅酒を買った消費者が写真投稿サイトの「インスタグラム」に箱の写真を自主的にアップ。時代に合った販促が実現できたとメーカーにも喜ばれた。
自社の商品を求められるまま売っているだけでは、顧客の本当のニーズに応えられない。ワコンの経営は、そのことの重要性を私たちに教えてくれる。
社員も「売らなくていいんだ」と納得
「何としても自社の製品を売ってやろう」。そんな姿勢が顧客に透けて見えると、顧客はするすると逃げていく。今どき、同じような製品は他社からも買える。「うちの製品は他社より性能がいい」と思っているのは、独りよがりということは多い。
航空貨物の温度管理にも強みを持つ。写真は関西国際空港内の梱包設備
ワコンの経営から学べることは多いが、何よりも西田社長が「箱を売らず、温度を売る」という分かりやすい言葉で、企業の存在目的を明確にした点は、ぜひ参考にしたいところだ。
一般に、トップが事業の教育化を進めようとしても、社員の意識が付いてこないケースがよくある。「お客様にアドバイスせよと社長は言うが、結局は製品を売ればいいんだろう」と、従来の営業姿勢を引きずるのだ。
社員の意識を変えるには、ワコンのような理解しやすいスローガンが有効だ。しかも西田社長が箱を売り込まないことを率先して実践している。それを社員に見せることで「本当に製品を売らなくていいんだ」と腹落ちする。
また、教育化がお題目になってしまわないように、企業は自社の強みを磨くことも必要だ。ワコンは温熱解析システムを開発するなど、温度管理のプロとして研究を続けている点も見逃せない。
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