「教育化」という新しい動きが中小企業の中から出ている。教育化というと、学習塾などの教育産業を思い浮かべるかもしれないが、そうではない。「企業が顧客に何かを教える」という意味だ。「企業が顧客に何かを気づかせる」というニュアンスでもある。
知らなかったことを教えてもらう。気づいていないことを気づかせてもらう。そうした企業の行為に対し、顧客は売買の関係を超えて感謝する。感謝の度合いが高ければ極端な話、金額のことはあまり気にならなくなる。教育化した事業は付加価値が高い。
今回紹介する「花ひろばオンライン」は、苗木販売店。SNSを活用して「部活動を通して植物の育て方を教える」という関係をつくった。「売り手と買い手」ではなく「顧問と部員」の関係で栽培方法を教えることで売り上げを伸ばしている。
毎年「レモン部」の新入部員を“勧誘”
「レモン部に入ってくれたみなさんにレモンの苗をお送りします。定期的に観察日記を提出するくらいでルールはありません。レモン部最大の目的は、育てる楽しさを味わうこと。さあ、みんなで一緒にレモンを育てましょう!」
これは、苗木販売店、花ひろばオンライン(三重県桑名市)が2010年から運営する「花ひろば学園レモン部」の募集要項だ。
毎年3月頃に30人限定で“新入部員”を募集する。今年で8期目。わずか2日程度で締め切りになるほど人気で、これまでに約280人が参加している。
レモン部は苗木を購入した顧客の会ではなく、濃密なファンをつくるための仕掛けだ。
レモン部は、顧客と店が一体となって行う部活動。高井尽(つくす)社長が顧問で、レモンの苗木の購入者は部員。全国各地に散らばる20~60代の部員たちが自身で育てるレモンの木の成長度合いを報告し合う、というのが主な活動内容だ。現在はフェイスブックを使い、部員は写真とコメントを投稿する。
顧客にとって何が楽しいかと言えば、学生時代の部活動のように専門家に指導してもらいながら、仲間ともコミュニケーションを図れることだ。
「枯らしちゃった!」「どうした、大丈夫か」
「元気がない。病気なんじゃないか」「途中でレモンの実が落ちた」とコメントすれば、顧問である高井社長が対処方法を教えたり、アドバイスしたりする。あえてすぐに答えを言わず、部員に一緒に考えてもらうこともする。 「枯らしちゃった!」と言えば、「どうした、大丈夫か」と他の部員から数十ものコメントがつく。
レモン以外のことで盛り上がることもしばしば。「アゲハチョウが羽化した」「育てていたトマトが豊作だ」など、さまざまな話題が上がる。
部員同士が顔を合わせるイベントなどはないものの、自然に仲良くなり、個人的に一緒に旅行に行った人もいる。また高井社長が部員の家に「家庭訪問」することもある。苗木の育成状況の相談にも乗るが、友達の家に遊びに行くような感覚に近いという。
「レモンを育てることはもちろん、レモンの栽培を通じ、遠く離れた部員との交流を楽しみたいという人が多い」と高井社長。単に苗木を売るのでなく、いわば「苗木の栽培を通じて得られる人との交流」も提供。これが、レモン部が人気を集める一番の理由だ。
高井社長は園芸店勤務を経て、2006年に独立し、花ひろばオンラインを設立。実店舗とネットショップを開店した。高井社長がレモン部の取り組みを思い付いたのは、息子の幼稚園で、園児たちが朝顔を育てている姿を目にしたことがきっかけ。
全員で協力しながら一緒になって栽培する姿が印象的だったという。「お客様と一緒に、これと似た活動ができたら面白い」と考え、レモン部の活動を始めた。
レモン部には、買い手と売り手という関係ではなく、育てる楽しさを味わう同じチームのメンバーという一体感がある。「これまでになかった距離の近さだと思う」と高井社長は話す。一度部員になれば、他の苗木を買う場合も、部員は他店と価格を比較することなく、花ひろばオンラインで買うことが普通になっている。
レモン部の活動は、ネットを通じて一般に公開されている。それを見て「ここで購入すると楽しそうだ」と感じた部員以外の顧客から苗木の注文が多く入るようになり、店全体の販売数増加にもつながっている。
「売り手と買い手」ではなく「顧問と部員」
顧客の囲い込みのために企業が顧客とのコミュニティーをつくり、専門知識を教える試みは多くの企業で実施されている。しかし、いかんせん企業と顧客、売り手と買い手という関係を超えられない場合が多い。
花ひろばオンラインは、教える場として「レモン部」を設定したところが絶妙だ。先生と生徒というほど堅苦しくもない。学生時代の部活動さながらに、顧問と部員という緩やかな関係に立てる。
互いにものを言いやすい立場になれたことで親密さが増し、やり取りを続けるうち、「顧問が勧めるなら、それを買う」と部員に言われるまでの関係を構築した。
高井社長は、レモン部を始める前から、ウェブサイト上に栽培方法の解説などを掲載し続けている。ネットを通じて、顧客へ栽培の仕方を指導するスタイルが信頼を得て、業績を順調に伸ばしてきた。いわばレモン部の活動は、以前からの手法を生かし、さらに深掘りしたものだ。
部員にレモンの苗木以外の商品を売り込むこともなければ、部員特別割引といった優待もない。自社の売り上げ向上に貢献してもらうことではなく、育てる楽しさをみんなで味わうことを目的としているからだ。
(この記事は、「日経トップリーダー」2017年9月号に掲載した記事を再編集したものです)
この記事はシリーズ「ベンチャー最前線」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?