日本は2000年代後半、人口減少時代に突入し、モノが売れなくなった。以降、猛烈な勢いでサービス化が進んでいる。製造業は右から左にモノを流すのではなく、顧客のためにサービス的要素を加えることで収益を確保するようになった。独自のアフターサービスなどが、それに該当する。
製造業はサービス業化し、サービス業はより顧客に近づきサービスを進化させるようになったわけだが、それに続く新しい動きが中小企業の中から出ている。それが「教育化」だ。
教育化というと、学習塾などの教育産業を思い浮かべるかもしれないが、そうではない。「企業が顧客に何かを教える」という意味だ。「お客様に教えるなんておこがましい」と感じる人は「企業が顧客に何かを気づかせる」というニュアンスで捉えてほしい。
知らなかったことを教えてもらう。気づいていないことを気づかせてもらう。そうした企業の行為に対し、顧客は売買の関係を超えて感謝する。感謝の度合いが高ければ極端な話、金額のことはあまり気にならなくなる。教育化した事業は付加価値が高い。
さらに、事業に教育化の要素を組み込むと、顧客との関係も変わる。モノを売買するだけの「一時的」な関係は、サービス化によって顧客がモノを購入した後も続く「継続的」な関係になるが、教育化によって企業と顧客は「一体的」な関係になる。
企業と顧客が一体化すれば、経営的には、これほど強い形はない。事業の教育化に成功した企業には、いくつかの共通点がある。
一つ目は、顧客のリピート率が高まり、顧客が顧客を連れて来るようになること。顧客が知りたいと思っていたことを教える、気づかせると、顧客は心から「ありがとう」と言ってくれる。従来のビジネスモデルに慣れた企業からすると、顧客からの感謝の強さに最初は戸惑うほどだ。その感謝がリピート率につながる。
二つ目は、価格競争から脱却できること。顧客の感謝レベルが高いから可能になることだ。そして、顧客から「ありがとう」と言われることによって、社員のモチベーションが向上する。これが教育化がもたらす三つ目の特徴だ。
今回紹介する東邦レオは、教育化によって価格競争と一線を画する企業だ。マンションの植栽管理事業を展開し、住民同士のもめ事の調整役を積極的に買って出て、住民のコミュニティーも改善している。
分譲マンションの植栽にまつわる住民の意見は、多様でまとまりにくい。時には住民が対立するきっかけにもなる。植栽に関するもめ事に積極的に介入し、解決の手助けをして事業を拡大しているのが東邦レオ(大阪市)だ。
合意形成が難しい大規模マンションから始める
屋上緑化の企画施工・メンテナンスで、業界トップクラスの実績を誇る東邦レオが、マンションの植栽管理事業「クリエイティブグリーン」を本格的に始めたのは2012年のこと。
現在、同事業の統括責任者を務める吉田啓助氏が、オフィスビルや病院で自社が施工した屋上緑化の追跡調査をした際、目にした光景がきっかけだ。「手入れが行き届いているところがある一方、雑草だらけのところもあり、その差にショックを受けた」(吉田氏)。
いくら緑化事業を進めても、所有者が能動的に手入れをしなければ元も子もない。建物の所有者と一緒に緑を維持していく事業を考えなければと痛感した。
吉田氏が目をつけたのが、大規模マンション。住民によって好みの木や植えたい花の種類は違うし、どこまでコストを優先するかという考え方も違う。中には植栽管理に費やす資金を、駐輪場の整備に回したいと主張する人がいることもあり、合意形成は難しい。
一般に、剪定(せんてい)や花壇の植え替えなどの植栽管理は、マンションの管理組合が地元の造園会社に発注する。しかし、造園会社が個々の住民の意見をくみ上げることはまずない。管理組合のほうも、できるだけコストが安い造園会社を選ぼうとする。吉田氏は、ここに事業の可能性を見いだした。
反対意見を唱える住民には個別にヒアリング
東邦レオは、良い住環境を実現する植栽のあり方について、住民と一緒に考えることを目指す。そのため剪定や花壇の整備といった作業だけでなく、理事会内での植栽委員会の立ち上げ、住民の意見対立の調整、若い住民を巻き込んだ委員会運営の指南など、あらゆる面に関わっている。
植栽委員会の会合には東邦レオの担当者も参加。住民の意見が対立した場合は解決策を一方的に提示するのではなく、それぞれの意見を整理し、課題を洗い出すファシリテーター役に徹する。
合意形成に反対して譲らない住民がいれば、個別に会ってヒアリングすることもいとわない。例えば、「あの木を切ってほしい」と強く要望する人に、その理由を聞いてみる。すると「父親が体調を崩して外に出られないため、室内の日当たりを良くしたい」といった事情が見えてくる。
時間と手間をかけて個々の意見を十分に聞き取り、発言の背景を把握し、それを他の住民たちと共有する。それまで「木を切りたいなんて勝手だ」と思っていた人も含め、そういった背景を知ることで住民同士が打ち解け、合意形成が図れるようになる。
イベントを通じて、マンション住民の信頼関係をつくる
住民同士の信頼関係の構築には、イベントも有効だ。例えば、親子で参加できる寄せ植え講座。敷地内の植物の名前を教えるツアーも人気だ。普段、通る場所以外にどんな木が植えられているかは、案外知らないからだ。
ここまで手間をかけて割に合うのかと首をかしげるかもしれないが、住民同士の人間関係、東邦レオと住民の信頼関係を良くすることは、経費削減になるという。
例えば「植木に害虫がついたら、この殺虫剤を使ってください」と頼んでおけば、住民が進んでやってくれる。除草作業を住民自身でできるように、草刈り機の使い方を教える講習会も開く。「自分たちの手で緑豊かな住環境をつくろう」という参加意識があるから、そうした協力が得られる。「結果的に、必要なときだけ私たちが出動すればよくなる」と吉田氏。
従来の造園会社とは全く異なる新しい事業は口コミで広がり、現在約150の管理組合と契約、7億円を稼ぎ出している。
自社制作の「団地新聞」(右)。個々の管理組合のノウハウを広く共有する
低価格より理想の住環境を実現する会社を
マンションの住民が求めているのは、自分たちの指示通りに動き、低価格で植栽を管理する会社ではない。きれいな緑に囲まれて、気持ちよく暮らせる住環境。もっといえばコミュニティーが良好で、みんなが楽しく暮らせることが大切であり、それを植栽の観点から実現してくれる会社を望んでいる。
そこに気づいたことが、東邦レオのマンション植栽管理事業成功の最大の要因だろう。
マンションの植栽委員会に毎回出席したり、住民のクレームにじっくり耳を傾けたりするのは時間も手間もかかり、コストに見合わないように見える。しかし、そこに踏み込まなければ、顧客の本当の欲求を満たすことはできない。顧客の中に入り込んで、緑化会社としての専門的な観点と、ファシリテーターとしての立ち位置から、顧客の希望をかなえようとしている。
そうして顧客と一体化することで簡単な作業は顧客が進んで引き受けてくれるため、経費が抑えられるという点は興味深い。
「私たちはお金ではないところで、お客様とつながっている」と東邦レオの吉田氏は言う。この言葉こそ、事業の教育化が成功している何よりの証左だ。
(この記事は、「日経トップリーダー」2017年9月号に掲載した記事を再編集したものです)
この記事はシリーズ「ベンチャー最前線」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
Powered by リゾーム?