IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)などを駆使した生産革新を象徴するキーワードとしてもてはやされた「インダストリー4.0」。一時のブームが沈静化したと思われがちだが、その裏で実はインダストリー4.0の概念に基づく技術が製造現場に着実に浸透しつつある。インダストリー4.0がバズワードとして喧伝される時代は終わり、実際の仕事を変える道具として具体的に向き合う時代になってきた。その大きな変革の波が、いよいよ大手企業だけでなく中小企業にも身近になり始めた。
9月3日、日本電産が子会社を通じて、ドイツの産業ロボット用部品メーカーの買収するとともに、2018年末までに合計5社のドイツ企業を買収すると報道されたことは記憶に新しい。その狙いは“第4次産業革命”とも言われる「インダストリー4.0」の実現に取り組むドイツ企業の技術を取り込んで、一気に「工場の自動化」という大きな市場を狙うためだと報じられた。
日本電産を動かしたキーワードであるインダストリー4.0。この言葉が日本で大きなブームを巻き起こしたのは、15年初めのことだ。キッカケを作ったのは、ドイツ政府が立ち上げた製造業革新の国家戦略プロジェクト「Industrie4.0(英語でIndustry4.0)」である。このプロジェクトの中でドイツ政府は斬新なビジョンを打ち出した。IoTをはじめとするICT(情報通信技術)を駆使して新しい製造業の仕組みを構築。これによって少子高齢化に伴う労働人口の減少など、工業先進国の製造業が直面している構造的な課題を乗り越え、製造業の競争力を高めるというものだ。
こうしたドイツのこの動きに呼応して、米国では14年3月に、大手IT企業を中心に「インダストリアル・インターネット」の普及推進団体「インダストリアル・インターネット・コンソーシアム(IIC)」が発足。独米の覇権争いが話題となり、それを契機にインダストリー4.0のブームが日本でも盛り上がった。
当時に比べるとインダストリー4.0という単語が新聞紙上に踊る機会は減り、ブームは落ち着いたように見えていた。しかし、現在のドイツでの動きを探ると、実はバズワードとしてのインダストリー4.0が喧伝される時期を過ぎ、その考え方を実際の製造現場に浸透させようとする動きが高まっていることが見えてきた。大きな市場の広がりを予見し、いち早く手を打った企業の一つが冒頭に触れた日本電産というわけだ。
インダストリー4.0を巡る動向が把握できる場として世界の産業界で注目を集めているドイツの大型産業見本市「ハノーバー・メッセ」、その米国版として今年9月に開催された「ハノーバー・メッセUSA」などの展示会取材から、筆者が見てきた地に足の着いたインダストリー4.0の実際を見ていこう。
2018年4月に開催された「ハノーバー・メッセ2018」の会場
新たなキーワードは「デジタル化」
まず今年4月のハノーバー・メッセでは何が起きていたのか。明確な傾向として見えたのは、「デジタル化(Digitalization)」が新たなキーワードとして浮上したことだ。インダストリー4.0がバズワードだった2~3年前までは、「インダストリアルIoT(産業IoT)」や「スマート工場」という言葉が会場で目立っていた。それが今年は鳴りを潜め、多くの企業が現在のトレンドを表す言葉として「デジタル化」を打ち出していた。
ここでいうデジタル化とは、従来の生産システムにデジタル技術を導入してパフォーマンスを高めたり、合理化を進めたりするといった単純な話ではない。生産現場で起きている様々な事象をデータ化し、これを基に生産プロセス全体を最適化するという包括な生産性改革に結び付ける。この動きこそが「デジタル化」の本質だ。
最終的には、企画、設計、調達、製造、アフターサービスなど製造業のバリューチェーン全体から集めたデータを分析し、バリューチェーン全体の合理化と効率化を図りながら、新しいビジネスモデルを創出することを目指す。つまり、ビッグデータをAI(人工知能)で分析して最適解を割り出し、マーケティングに結び付けるといった発想が、いよいよ工場や、そこから消費者に製品を届けるバリューチェーンそのものも変えようとしている。
ハノーバー・メッセの会場で、こうしたデジタル化の概念を最も明確に打ち出していたのがドイツを代表するメーカー、シーメンスである。敷地面積3500平方メートルと見本市会場全体の中で随一の規模を誇る大きなブースを構えた。
シーメンスは、このブースでデジタル化の一例として、オーストラリアの塗料大手、デュラックスが18年初めに立ち上げた最新工場を紹介していた。同工場では、オンデマンドによる少量多品種生産の実現に向けて、工程の自動化とデジタル化を推進して高い生産性を追求。1種類の塗料を1度に生産する量(1バッチ)を、採算性を維持しながら従来ラインの50分の1にまで抑えた。よりきめ細かく製品のつくり分けができるようになった。
この仕組みを支えるデジタル化の例として、ITツールを駆使して製造プロセス全体を「見える化」したこと、ペーパーレス化により生産品質とトレーサビリティーを高めたことなどを挙げていた。
「デジタル化」を強力に打ち出したシーメンスのブース
米国の工作機械見本市でも焦点に
「デジタル化」の流れはドイツだけの動きではない。それを感じさせたのが、18年9月10日~15日に米国イリノイ州シカゴで開催された国際工作機械見本市「インターナショナル・マニュファクチャリング・テクノロジー・ショー(IMTS)」、同見本市と併催した「ハノーバー・メッセUSA」である。
IMTSは、世界屈指の規模を誇る見本市で、隔年で開催されている。例年最も賑わうのが世界の工作機械大手がこぞって出展する「メタル・カッティング」パビリオンである。オークマ、ジェイテクト、DMG森精機、ファナックなど世界で高い存在感を示す日本の工作機械メーカーが、今年も揃って大規模なブースを構えた。いずれの企業も最新鋭機の展示とともに、工作機械から収集したデータを活用して現場の革新を図るシステムを紹介するコーナーを設け、デジタル化への取り組みをアピールした。
インターナショナル・マニュファクチャリング・テクノロジー・ショー(IMTS)2018の会場
例えば、ジェイテクトは、工作機械からデータを収集して分析することを可能にする機器や、ネットワークで接続した生産設備を統合管理するソフトウエア、ジェイテクトの情報システムと顧客の生産システムを接続して遠隔サポートするシステムなどを展示した。
これらの機器を利用する事例として、工作機械に取り付けたセンサーから集めた振動やモーターのトルクなどのデータを基に、工作機械に取り付けた工具の寿命を割り出し、ディスプレイにグラフで表示するシステムを紹介していた。現状では、使用状況にかかわらず一定時間ごとに工具を交換する場合が多いが、寿命を管理するシステムがあれば工具をその寿命まで最大限利用できるようになるので、工具を交換するために機器を止める時間を短縮できる。工具を購入する費用やメンテナンスの手間も減らせるという。
一方、3Dプリンティングに関連するパビリオンには、この分野のキープレーヤーがこぞって出展。その多くが量産対応の3Dプリンターを中心に展示。従来は試作モデルをつくるための道具と位置付けられていた3Dプリンターが、量産ラインに組み込まれる時代が近づいてきたことを感じさせた。
3Dプリンターが量産ラインに入ると何が変わるのか。例えば、従来は製造する部品の種類を切り替えるたびに発生した段取り替えが、ラインから一掃される。ラインを止めることなく3Dプリンターに送るデータを切り替えるだけで、多品種の部品を作ることが可能になる。
このような生産システムが実現すれば、消費者の要望に応じたカスタム品を、大量生産品並みのコストで実現する「マスカスタマイゼーション」ができるようになる。これによって、メーカーと市場が直接つながった新しいビジネスの基盤を実現できる可能性がある。
米国でも「ハノーバー・メッセ」
IMTSと同時開催のハノーバー・メッセUSAは、同メッセをドイツで主催するドイツメッセ社が海外事業強化の一環として企画したものだ。
ここでも目立ったのはドイツのハノーバー・メッセと同様に「デジタル化」の展示だ。ハノーバー・メッセUSAのハイライトと主催者が位置づける「デジタル・ファクトリー」の展示スペースでは、ソフト開発のSAPが、設計、製造、サポートなど産業機器の製品化の流れを構成する各工程の連携を強化するIT環境のデモンストレーションを披露した。
各工程を担当する部門の連携を進めることによって開発から生産までのリードタイムを短縮できる。これは生産性を向上したり、市場の変化に合わせた生産の柔軟性を高めたりするうえで有利となる。
SAPが提案しているのは、「デジタルツイン」と呼ばれる概念に基づいて工程間の連携を強化する技術である。設計や製造現場で起きている事象をコンピューター上に再現し、これを部門間で共有する。これにより、隣の工程で何が起きているか容易に把握できる。
これによって前工程の作業が終わるのを待たずに、可能なところから次の部門が作業を進めることができる。また伝票や図面で渡すよりも、大量の情報を正確に部門間でやりとりできるようにもなるので、より高度な部門同士の連携が可能になる。こうした環境を利用すれば、製品化の流れ全体の最適化を一段と進めることができるはずだ。
同じ展示スペースでは、製造現場の作業者の周辺をデジタル化するシステムを出展した米チューリップも、小さいブースながら多くの来場者の関心を引いていた。同社は、米マサチューセッツ工科大学(MIT) 傘下の研究機関MITメディア・ラボから生まれたベンチャー企業。作業台の周辺からデータを収集したり、組み立て手順などの情報を作業者に提供したりするための機器やソフトウエアを主力としている。
同社が提供するシステムにより作業者の訓練にかかる手間や時間を短縮できるので、人手不足解消に役立つ。また管理者が現場の状況を迅速に把握できるので、問題が発生したときに素早く対応できるようになる。それにより生産性向上が進みやすくなる。しかも同社は、作業者に指示を出す表示装置や、データを収集するためのセンサー、これらの機器とコンピューターをつなぐゲートウェー装置、スキャナー、ペダルスイッチなど、デジタル化に必要な基本的な機器を一括して提供する。これらを組み合わせて、効率よく現場をデジタル化できる。
製造現場のデジタル化に向けた機器やソフトウエアを提供する米チューリップの展示
このようなデジタル化の要素技術を提供するベンチャーが増えれば、現場をデジタル化し、生産工程全体の最適化を図るというアイデアは、シーメンスのような一握りの大手企業だけのものではなくなる。デジタル化の手法を利用して、中堅・中小企業が生産効率を一気に向上できるチャンスが生まれる日が近づいてきたと言えよう。
アマゾンやZOZOTOWNなどのECサイトから始まった産業の「デジタル化」の流れは、いよいよ製造業の現場を巻き込み始めた。あらゆる規模の企業がこの流れに巻き込まれるのは必至だ。それならば、他社よりも一歩先に「デジタル化」で自社工場の何が変わることになるのかをいち早く知り、先手を打ってこの大波に乗っていくことが中堅・中小企業の経営者にとっても重要ではないだろうか。
(文:三好 敏=日経BP総研 クリーンテックラボ主任研究員、編集:日経BP総研 中堅・中小企業ラボ)
日経BP総研 中堅・中小企業ラボでは、2020年以降も成長を目指したい中堅企業の皆様を対象に、2019年1月から「中堅企業 成長戦略勉強会」を始めます。
中堅企業のトップ、経営幹部の皆様に、関心あるテーマごとにお集まりいただき、講師と参加者が共に学び合う場をご用意いたします。勉強会のテーマは「アジア進出」「デジタル化&生産性向上」「新規事業創出」の3つです。
「デジタル化&生産性向上」の講師は本記事の著者で、日経BP総研 クリーンテックラボ主任研究員の三好敏が務めます。
この勉強会で、何が得られ、自社をどのように強化できるのか、勉強会の概要をご理解いただくための「中堅企業 成長戦略キックオフセミナー」を10月12日(金)に東京・秋葉原で開催します。
基調講演は、東洋大学教授・慶応義塾大学名誉教授の竹中平蔵氏。これからを勝ち抜く経営者の視点についてお話しいただきます。また、勉強会の3つのテーマを担当する講師3人も登壇します。
本セミナーの参加は無料です。自社を変えたいと考える中堅企業経営者・幹部の皆様、ふるってのご参加をお待ちしております。
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