そして最後がプロセス。このプロセスがまさにデザイン思考なのです。どんなに人と場所を変えても、プロセスを共通化して方向性を一致させなければ、才能がある人が点在するだけで、イノベーションはなかなか生み出せません。意識の高い人たちが、同じ方向を見ながら同じステップ、同じスピード感を持って仕事をするフレームワークを担保することが非常に重要になる。この役割をデザイン思考に求めました。
デザイン思考のポイントは、人々が困っている社会的課題の解決が目的という点です。以前のように自社だけが儲かる事業モデルでは、もはや企業は存続し得ない。CSR(企業の社会的責任)活動や慈善事業ではなく、社会的課題の解決のために主力事業があるという企業が強い。
しかも、デザイン思考はプロセスを可視化できるので、新規事業がうまくいかなかったとき、何が原因だったのかを後から分析して、次に生かすことができる。ありがちなのが、問題設定自体に誤りがあること。一見すると革新的な製品だが、全然売れないという場合がよくあります。これは何の問題を解決するために誰に売るのかが曖昧なまま生産して起きることが多い。失敗の原因が検証可能になるのです。
トラックを改造した保育器が生まれたワケ
一例を挙げましょう。マサチューセッツ工科大学(MIT)の学生が、保育器がないため、全世界で毎年約400万人の未熟児が低体温症で亡くなっている問題を解決しようと考えました。彼らはスポンサーを募り、先進国で大量の中古保育器を確保した上で困っている地域で配るスキームを構築。保育器を持って南アフリカの未熟児の死亡が最も多い地域に出向きました。しかし、そこで「保育器はいらない」と言われてしまったのです。
なぜか。1つは電源が不足していて保育器を動かせないこと。2つ目は壊れた場合に修理できる人がいないこと。3つ目は出産を自宅で済ませる女性が大半で、病院に行かないこと。その結果、MITの学生より先に各企業から寄付された保育器が、各家庭の物置に大量に積み上がっていたのです。
でも彼らは諦めませんでした。デザイン思考に基づいて失敗の原因を検証したところ、問題定義に誤りがあったことに気づいたのです。保育器の数がなぜ足りないのかが問題ではなく、電源がなくても使える保育器がなぜ1台もないのかが真の問題だったことに。

MITの学生が各家庭をよく観察してみると、荒れた道でも走行できて、壊れにくいトヨタ自動車のピックアップトラックが非常に普及している。そこで、このピックアップトラックを改造して、エンジンから電源を取れる保育器を考案。試作品を作って使ってもらったところ評判となり、大発明につながったのです。これはMITの学生が現地に入り込んで、未熟児を低体温症で失った母親や命を救えなかった医師の悲しみに共感したから実現できたことです。
Powered by リゾーム?