次に場所です。先ほど説明した通り、既存事業と新規事業の組織を完全に分けました。既存事業はドイツ本社の社長が管轄する一方、新規事業はシリコンバレーで集中的に手掛け、会長(当時、現本社の社長)直轄としたのです。予算も人もKPI(重要業績評価指標)もすべて別々。5年で新規事業に大胆な投資ができた背景には、会長直轄だからという点があります。

 ですから、シリコンバレーでは新規事業開発だけにひたすら専念しています。3カ月ごとに1つプロジェクトを次々に走らせて、続けるか撤退するかの判断をわずか3カ月で決める。そこで、事業の広がりが見込めると判断した段階で、本社の既存事業の部署に引き渡します。つまり、ここシリコンバレーでは、売り上げや利益ではなく、どれだけ確からしい事業の種を生み出すかが、人事評価で重要な基準となるのです。

新規事業と既存事業を完全に別組織とした。その上で最終的に新規事業が既存事業に影響を与えて変化を促すイメージ(資料提供:SAP)
新規事業と既存事業を完全に別組織とした。その上で最終的に新規事業が既存事業に影響を与えて変化を促すイメージ(資料提供:SAP)
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 最近重視しているのは、新規事業が立ち上がって既存事業の部署に引き渡す段階で、既存事業とのシナジー(相乗効果)を発揮できるようにすること。新規事業は基本的に、(1)企業の中に蓄積したデータを抽出して分析しやすい仕組みをつくるデータプラットフォーム、(2)クラウドコンピューティング、(3)AI(人工知能)およびIoT(モノのインターネット)――の3分野にフォーカスしています。そのため、同じデジタルを扱うERPの既存事業とどこかで親和性がある。そこを探して既存事業の改革を促すのです。

イノベーションを生み出す場づくりに注力

 場所という意味では、シリコンバレーでイノベーションを生み出す場づくりにもSAPは貢献しています。スタンフォード大学で「デザイン思考」を教える「d.school」があります。これはSAPがデザインのコンサルティングなどを手掛けるIDEOという地元企業と組んで創設したもの。イノベーションを生み出すための行動様式や思考様式を教える場を提供しました。

 また、学生街の目抜き通り沿いに起業家や投資家、取引先などシリコンバレー企業関係者が商談や仕事のために1時間3ドルで利用できる、コワーキングプレイス「HanaHaus(ハナハウス)」も開設。地元に貢献することで、シリコンバレーのプレーヤーの一員として認めてもらっているのです。

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