しかし、デジタル化が進んだ今、既存事業だけにとらわれていては、会社自体が淘汰されてしまう恐れがあります。「デジタル・フォー・ミー」という言葉を知っていますか。皆さんは今日、ライドシェアのウーバー・テクノロジーズのサービスを使って当社まで来たそうですが、そのウーバーは皆さんのような顧客とドライバーの需給だけを単に調整して乗車料金を決めているわけではありません。皆さんがどのくらいの距離を乗車したとき、いくら料金を払ったのか。こうした履歴を分析し、顧客一人ひとりに対して実は値段を変えているのです。例えば、いつもチップを多めに支払う人は、そうでない人より高めの乗車料金になったりします。

 これは非常に重大なパラダイムシフトが起きていることを示しています。どういうことか。これまで「いいモノやいいサービスを提供していれば、それに価値を感じてくれた顧客が共通の値段で買ってくれる」という神話が崩れたことを意味する。要するに一人ひとりの購買特性を蓄積したデジタルデータで仔細に把握し、個別に値付けをする時代に入ったのです。こうした中で、既存事業だけで新興のデジタル企業と戦うのは非常に厳しくなります。なぜなら、彼らのほうがデータで顧客のことをよく知っているからです。しかもデジタル化が進めば各業界の参入障壁が低くなる。つまり、新興企業との競争に一度勝ったとしても、次々に新たなライバルが現れます。

人、場所、プロセスを変えて復活

 では、SAPはどうやってイノベーションのジレンマから抜け出したのか。具体的には、人、場所、プロセスの3つをそれぞれ変えました。

 まずは人。経済学者のヨーゼフ・シュンペーター氏は、イノベーションは単なる発明ではなく、新結合と定義づけました。既存のもの同士の組み合わせが新しければ、価値を生むという趣旨です。これに従うなら、新結合が起こりやすい環境を企業がつくり出せば、イノベーションは起きやすくなります。では、社員同士で新結合を起きやすくするのはどのような場合か。異なる背景を持つ人同士が出合って意見をぶつけ合ったときではないか。そこでダイバーシティー(多様性)を担保することにしたのです。

 実際、この拠点で働く約4000人の社員の出身地は40カ国に上ります。また、SAP全体では33%の女性が働いています。若者の登用も非常に盛んです。この拠点の新規事業開発の責任者は29歳。SAP全体のCOO(最高執行責任者)は36歳、CIO(最高情報責任者)は32歳。要職に若者が次々に就いています。単に女性を増やせばいい、若者を積極的に登用すればいいという話ではありません。組織を変えるためにどれだけ経営陣が真剣になれるかということが問われているのです。

「人と場所とプロセスを変えて革新を起こした」と語る坪田氏(立っている人物)
「人と場所とプロセスを変えて革新を起こした」と語る坪田氏(立っている人物)

 SAPの場合、何の縛りもないと企業体質が変わらなかったので、徹底して仕組みをつくりました。例えば、世界14カ国にある現地法人の全トップに対して、いつまでに女性管理職比率を何%にするか数値目標を定めているのです。これは過去のデータと将来予測を分析した結果、女性管理職比率を1%高めた場合、どのくらい営業利益がアップするかおおむね相関関係が分かったからです。女性以外にも異なる国籍の人をどう取り入れるか、若い人をどう巻き込むかなど、すべて仕組み化することで、ダイバーシティーを担保したのです。

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