問題は次。新事業が成功したときの扱いについてです。「仮に新事業が成長したら、既存事業を駆逐する可能性があるかもしれません。それを良しとする覚悟がありますか」と。すると、その常務からこうした答えが返ってきました。「西城、それ間違っていないか。新事業と既存事業がシナジー(相乗効果)を生んで両方成長するんじゃないか」と。
実はここがわなです。これから取り組もうとしている事業は、何が起きるか分からない領域。ですから、破壊的創造が起きる可能性が十分ある。もちろん既存事業とのシナジーが出れば一番いい。しかし、「既存事業に影響を与えない範囲で新事業を見つけろ」というのは、お題自体が難しすぎてほぼ無理でしょう。これがまさに持つ者の弱みなんですよ。多くの事業を持つ、あるいは大きな事業を持つ大企業だからこそ、新事業開発が難しくなる理由です。
一方、起業したばかりのスタートアップ企業は取り組みやすい。失うものは何もないから、新事業に全力投球できる。電動自動車メーカーのテスラがまさにそう。エンジンを持たないから、彼らは電気にフルコミットできる。これが持たざる者の強みです。

幸い当社の経営陣は、既存事業領域の成長の限界と新事業開発の重要性、その困難さなどを理解してくれ、まずは機会の探索からという淡い期待をもって、私をシリコンバレーに送り出すという決断をしてくれました。だから、14年シリコンバレーに私はやってきたのです。
なぜシリコンバレーにこだわるのか
でも、勘の鋭い皆さんなら、こう思うかもしれません。「なぜハード主体のヤマハ発動機が、縁遠いシリコンバレーに拠点を置くのか。本当に適切な場所なのか」と。これに対する私の答えは「ヤマハ発動機の中にある成功体験に根差した企業文化とは異なる新しい文化を創りたいから、シリコンバレーでなければならなかった」です。
今のヤマハ発動機は、モーターサイクルやマリンなどいくつかの収益事業が育っている。ガバナンス(企業統治)もきちんとしていて、事業規模の大きさに比例して毎年着実に投資もしている。
一方、シリコンバレーのスタートアップ企業は逆です。たくさんの起業家が少し先の未来を創ろうと会社を興す。その会社をベンチャーキャピタル(VC)や起業家として一度成功し、巨万の富を築いて個人投資家に転じた人たちなどが、様々な角度から評価し、有望な企業に支援をする。それでも、99%の企業は失敗して潰れます。しかし、ここから先のプロセスが重要で、シリコンバレーならではの特徴だと思っています。
シリコンバレーでは、ある企業の失敗した原因を関係者が寄ってたかって徹底分析します。技術が未熟だったのか、資金調達先が悪かったのか、顧客への訴求が弱かったのか、タイミングが早すぎたのか、法や規制の問題か……。それを周囲の起業家が教訓にして次の会社を興す。その積み重ねが不確実な未来を見通すヒントとして蓄積していく。そうした中で、真に新しいアイデア、イノベーションが生まれていく。これがシリコンバレーの強みの原動力だと私は感じています。
こうした新しいものを生み出せる人の集まりと文化をもう一度、ヤマハ発動機の中に醸成したかった。これが目的だったので、場所はシリコンバレーにこだわりました。別の目的だったら別の場所のほうがいいかもしれません。
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