長野県伊那市の寒天メーカー、伊那食品工業の塚越寛会長は、48期連続増収増益を達成した実績もある、知る人ぞ知るカリスマ経営者。持論の「年輪経営」は、トヨタ自動車の豊田章男社長も影響を受ける(詳しくはこちらを参照)。同様に塚越会長の経営姿勢に以前から共鳴していたのが、ソフトウエア大手、サイボウズの青野慶久社長だ。
対談2回目のテーマは経営の目的。売り上げや利益より大切なものがあり、利益は残ったウンチにすぎないと、“過激な”表現をする塚越会長。それを学んだ青野社長は大型投資をした。その中身とは?
(前回の記事はこちら)
青野:2014年12月1日号の「日経ビジネス」の記事で、「利益は残りカスだ」と塚越会長は書かれていました。人件費を支払った上で、会社の利益がゼロになるのであれば、経営者は何ら恥じることはない。それでも会社に残った利益はカスのようなものだという内容です。
記事を読んであまりに衝撃を受けたので、スマートフォンで写真に撮って、いつも持ち歩いているんです(スマホの写真を見せる)。
私は松下電工(現パナソニック)出身で、在籍時には会社で松下幸之助の思想をたたき込まれました。
松下は「利益は役立ち高である」と主張しています。利益が出ていないなら、世の中に何の価値も生み出していないとの発想です。一方、塚越会長は残りカスと言っている。全く逆の発想でした。
対談に先立って塚越会長は自ら、サイボウズの青野社長に伊那食品工業の敷地内を案内した(写真:堀勝志古、以下同)
塚越:実際はもう少し過激で、利益はウンチだと言っています。日経ビジネスではおとなしく表現を変えました(笑)。
青野:もちろん利益がずっとマイナスでは、会社は潰れてしまいます。でも、よく考えてみると、社員がこの会社に入ってきたのは利益を生みたいからではなく、幸せになるためです。そこを優先順位の一番にすれば、社員が幸せに働いている限り、利益がプラスでもマイナスでも本質的な問題でない──という考え方も確かに成り立つ。
普段、利益の多寡で、躍起になって競争している私たちは一体何なのか。頭を殴られたような気がしました。
ワーキングマザーの実情を伝える動画に1億円
具体的にはどういうことですか?
青野:「チームワークあふれる社会を創る」という当社の経営理念につながるものだったら、資金を投じるという発想です。理念に沿っているなら、社員の理解も得られる。
とりわけ強い意思を持って投資したのは、14年につくったショートムービーです。目的は「働くママ」の現実を広く伝えること。第一線で活躍するディレクターや女優さんを起用し、制作費は100%自己資金。3分弱の動画に約1億円を投資しました。
塚越:思い切りましたね。
青野:働くお母さんがいかに毎日時間に追われているかを再現したんです。発熱した子供を保育園に迎えに行くため、大事な会議を欠席する後ろめたさや、子供の看護と持ち帰りの仕事で徹夜を予期したときの落胆など。批判的な意見もありましたが、すごく話題になって、インターネットで160万回も再生された。
動画の拡散で社会認識を少しは変えることができたんじゃないかと思っています。社員の士気も高まりました。
チームワークあふれる社会を創るため、私たちに必要な投資だと考えました。同じ職場にいる人たちが抱える課題を深く知ることは、チームワーク向上の鍵になるからです。今の社会でその一つが、ワーキングマザーだと思ったんです。儲かるかどうかは別として、稼いだ利益は理念を実現するために使うべきと考えました。
その結果、サイボウズの14年12月期の経常利益は700万円、続く15年12月期も、社員の職場環境の改善を目的に、東京オフィスを移転した費用などで、3億3800万円の経常赤字になりました。
塚越:それでも、株主が離れなかったのですか。
青野:離れた株主もいますが、驚いたことに入れ替わって、いい株主が増えました。
チームワークあふれる「社会」を創るには、チームワークあふれる「会社」を創る必要がある。そのためには、まず私たち自身がチームワークあふれる会社になろうとしています。当社の主力事業である情報共有ツールのグループウエアは、まさにそのチームワークの形成に役立ちます。今の株主は、この方向性に賛同してくれています。
塚越:理念に基づいて長期的な視点で利益を大胆に使うという発想が鋭いですね。上場企業でそこまで率先できる人は、なかなかいません。
そもそも理念の中に含まれる、チームワークという言葉は意味が深い。うちでは、それを違う言葉で表現していて、「一枚岩」と言っています。みんなが同じ方を向くのは大事なこと。基本的な理念は一致していないといけない。
この話をすると、「社員の個性を尊重せず、金太郎飴のようにするのか」と言う人がいますが、それは誤解です。社員の一挙手一投足を事細かに指示して縛ることと、幸せに生きるという1つの目的に向かうことを混同している。
経営者は、「○○のためにあの山に登ろう」と旗を掲げるのが本来の姿です。しかし、目的を示さずに「登れ」とだけ言う経営者がいたり、登り方の技術だけにうるさい経営者がいたりする。何のためにどこに登るのか答えがない。
青野:売り上げの数字だけがあるような。
塚越:幸せになるという発想が全くない。
経営理念は変えるべきか、変えざるべきか
経営理念は一度決めたら、変えてはいけないのでしょうか。変えてもいいのでしょうか。
青野:全社員の心の中が本当に変わったのであれば、経営理念自体も変わっていいと思います。ただ、経営理念を変えるのは結構な大作業なので、みんなで相談して実行しないといけない。毎年ころころ変わっていたら、会社は傾くかもしれないでしょうから。
塚越:結構、そういうケースが多い。トップが変わるたびに経営理念が変わる会社がある。これは非常に大きなロスになります。
青野:長期ビジョンに立って、社員の幸福を実現するいい会社をつくりたいという考えは、私も大前提として持ち続けています。
青野慶久(あおの・よしひさ)氏
1971年愛媛県生まれ。大阪大学卒業後、松下電工(現パナソニック)に入社。97年に3人でサイボウズを設立。05年社長に就任した
ただ、時代の流れに合わせて、経営理念の表現はバージョンアップしてもいいのではないでしょうか。
ベースラインとして、人が幸福になるという経営の目的があり、それをどのような言葉で表現するかが経営理念だと思うんですよ。今は私が「チームワークあふれる社会を創る」と掲げています。
でも、これから当社のグローバル化が進むと、「日本語が分からない」と外国人社員から言われることがあるかもしれない。あるいは、こういう言葉をもう少し加えてほしいと、次世代の社員が思うかもしれない。そうした場合には表現は変えるイメージです。
「みんなを幸せにすること」が経営の目的という考えは2人とも共通です。しかし、塚越会長は、表現自体も変えてはいけないというスタンスだと思いますが。
塚越:私は、経営理念は動かしてはいけないと思っています。目標と目的は別です。売り上げなどの数字は目標だから、状況によって変えてもいい。目的はみんながハッピーになること。それは永遠に変える必要がありません。
顧客第一主義を経営の目的に掲げるのは「誤り」
青野:目的と目標を履き違えるという意味では、顧客第一主義を経営に掲げるのは、どうなのかなと思います。
塚越:それはやはり目標であって、目的ではありません。経営の目的は、全部の産業で一緒、地球上のあらゆる会社で共通です。人が幸福に生きること。ハピネスです。
青野:ハピネスという言葉が軽視されている気がします。
塚越:弱々しいと言われたりする。しかし、それこそ、すべてではないかと思う。経済界に欠けがちなところです。
サイボウズは以前、「世界一使われるグループウエアメーカーになる」という経営理念を掲げていました。それは取り下げたのですか。
青野:いえ、こちらの理念もまだ掲げていますが……。
塚越:それは目標ではないのですか。
青野:今悩んでいます。もし他社を蹴落としてまで世界一になるという意味に解釈されるのであれば、取り下げたほうがいいと思います。
「うちのソフトがチームワークを良くして人を幸せにするものだと自然に評価され、末広がりに普及する。それで世界一になる」と社員のみんなが感じてくれるのなら、経営理念として掲げる意味があると思っているのですが。
一番より一流を目指せばいい
塚越:一番ではなく、一流になればいいのです。
一流は何社あってもいい。同じ業界に属していても、極めるものが異なれば並存できるからです。でも、一番は一社しか存在し得ない。だから、結局、誰かを蹴落とさなければならなくなる。そうすると、あつれきが生まれてうまくいかなくなる。
青野:超一流になれということですね。
塚越:トヨタ自動車はもう自動車の生産台数世界一の追求をやめています。一番になるというのは、独フォルクスワーゲンが固執した価値観ではないかと思う。一番になりたくて仕方がないから、排ガス不正にまで手を染めた。
一番になるより、いかに自社のファンを増やせるかどうかが最近、ますます重要になってきているのではないかと私は感じます。ファンを増やすには、社会貢献活動などをして企業イメージを高めることが重要なのです。
(構成:久保俊介、編集:日経トップリーダー。このコラムは書籍『「いい会社」ってどんな会社ですか?―社員の幸せについて語り合おう―』の一部を再編集して掲載したものです)
塚越 寛(つかこし・ひろし)
伊那食品工業会長。1937年長野県生まれ。高校在学中に肺結核を患い、中退。3年の療養生活を余儀なくされた後、57年に木材会社に就職。翌年、子会社で事実上経営破綻状態だった寒天メーカー、伊那食品工業の立て直しを社長代行として任される。経営再建を果たし、83年に社長、05年に会長に就任した。相場商品だった寒天の安定供給体制を確立。家庭で簡単に寒天菓子作りが楽しめる「かんてんぱぱ」シリーズの開発や、医療、美容市場などの開拓などで48期連続の増収増益を達成するなど、大きな実績を上げる。「社員を幸せにし、社会に貢献すること」が、企業経営の目的という信念を持つ。それを実現する方法として、外部環境に左右されることなく、毎年少しずつ会社が成長する「年輪経営」を提唱している
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