新規事業はいつも失敗と隣り合わせ。有名起業家も数々の失敗を経て今がある。起業家、あるいは起業家の支援者は、失敗をどのように捉えているのか。『起業の科学』の著者である田所雅之氏に、2人の人物と語り合ってもらう。
今回は、テラモーターズの徳重徹社長。電動バイクやドローン事業など新たな事業に挑戦し続ける徳重氏が語る失敗の意味とは。
日本でイノベーションを起こしたり新規事業を始めたりするのは難しく、失敗も多いようです。
顧客の心の声を聞き言語化する
田所:僕はイノベーションを起こすには顧客の声を聞くだけは不十分で、顧客の心の声を聞く必要があると言っています。顧客の行動を現場で観察し、実は不満に思っていることをあぶり出し、言語化することが重要です。
こうした声をベースに始める新規事業は、これまでパターン化されたものではないので、不確定な部分も多く、失敗する可能性も非常に大きい。
徳重徹(とくしげ・とおる)氏
テラモーターズ社長。1970年生まれ。九州大学工学部卒業。住友海上火災保険(当時)入社。退社後自費で米サンダーバード国際経営大学院に留学しMBA取得。2010年にテラモーターズ設立。16年テラドローンを設立(写真:大高和康、以下同)
徳重:僕は起業とは基本的に無茶な発想と現実をすり合わせながら、市場と顧客を見つけていくプロセスだと思っています。無茶してないのにイノベーションなんか起こるわけがない。つまり大失敗のリスクを冒していないからイノベーションも起きない。
また、新規事業はニッチで大企業がやってない隙間を狙うものとの考え方も疑問です。
田所:ニッチとは、ただ単に小さいという意味ではない。新規事業は最初は実験です。なので、あえて小さい市場を選ぶということです。ただし、今はニッチでも潜在的な市場が大きいところを狙うのがポイントです。
徳重:創業者の志というか、考え方が大きく影響するのでしょう。創業者が未来を見越した発想力を持って、大きなリスクを取るかどうかが大事だと思います。
ただ、既存の組織内でやると、「まだ収益が出ている商品があるのに、何で別の商品を出す必要があるのか」と、いろんなところから反対が出る。
だけど、新しいことを始めたい人には数年後の全く違う景色が見えている。そこに向かうには、社内を説き伏せられる、相当強い思いがないと駄目です。
トップの強い思いが大事
ステークホルダーとバランスを取りながらイノベーションを起こすには何が必要でしょうか。
徳重:トップの「やるんだ」という強い思いでしょう。そして社員がそれを信用して付いてくるかどうかです。
田所:新規事業の初期のKPI(重要業績評価指標)は、売上高や利益率ではなく、カスタマーインサイト(顧客の購買意欲の核心)をどれだけ発見できたかだと思います。それを言語化し、プロダクトやサービスにフィードバックして磨き込んでいく必要がある。
徳重:事業部長から上のレベルのリーダーは、そのための発想力を持っているべきです。
「発想力」とは何ですか。
田所雅之(たどころ・まさゆき)氏 ベーシック(東京・千代田)チーフストラテジックオフィサー。1978年生まれ。2017年、ユニコーンファーム(東京・港)を設立し、スタートアップの育成支援に注力する。同年に出版した『起業の科学 スタートアップサイエンス』(日経BP)がベストセラーに
田所:例えば、2023年の世界はこうなるという解像度を高め、そこから逆算して、今やるべきことを描き出す仮説力です。そのために必要なのは、視野の広さ、大局観です。
規制の変化、消費行動の変化、テクノロジーの変化、そして人口動態。これらを頭に入れた上で、未来の世界の解像度を上げていく。
いろいろ「やらかして」いると勘が身に付く
徳重:それには、失敗を踏まえた肌感覚と勘が大事です。現場で戦ってないと分からない。
若い頃から失敗して、いろいろ「やらかして」いると、研ぎ澄まされた勘のようなものが身に付いてくる。経験はとても大事です。
失敗する機会があまりにも少ないという点は残念です。
新規事業の創出には、ノウハウよりも勘が求められるのでしょうか。
徳重:ロジックやフレームワークは、過程をショートカットできる知恵として非常に素晴らしい。ただ、一方で実際にやってみないと分からないこともある。
僕もMBA(経営学修士)は持っていて、財務の知識は大事だと思っていますが、結局やってみないと感覚は身に付かない。特に海外のビジネスは、いろんなところにリスクがありますから。
今、ベトナム、インド、バングラデシュなどに進出していますが、既に海外で失敗の経験もしてきたので、リスクを取りやすいです。
徳重さんはベトナムで一度失敗を経験をしています。電動バイクの製造拠点をつくり、若手幹部に任せたものの思うように売り上げが伸びず、幹部社員の辞職で混乱。2015年にご自身が現地に駐在し、体制を立て直しました。
徳重:私にとって、非常に貴重な経験でした。経営とは、リスクを取る部分と、リスクをヘッジする部分の両方がなければいけない。そのバランスを取りながら意思決定していくものだと学んだ。
たまたまうまくいった人でも、たった1回の失敗ですってんてんになる場合がある。それは、失敗の経験がない人なのでしょう。
田所:失敗の原因としてよくあるのが、自らのサービスやプロダクトを過大評価してしまうということです。1・5倍ぐらいに評価していると思っていい。事業を立ち上げる人は、自分にはそういったバイアスがかかってることを認識し、バイアスに流されないようにメタ認知力や、冷静に振り返るための内省力がとても大事。
「失敗の定義」とは何か
徳重:自分で会社を経営していると、「失敗の定義」って何だろうと思います。
そもそも、新しいことはうまくいかない。うまくいくほうがおかしい。ただ、それぐらい難しいことをやるのが、新規事業やイノベーションです。
売り上げが目標に届かないことで失敗したとしても、その経験で気付きを得たり、自分たちのメンタルが強くなったりする。あるいは、仕事に対する本気度が増したり、思いが強くなったりする。だとすると、それは失敗ではないと思うんです。
田所さんの研究では、スタートアップが途中で戦略変更する例も多いのですよね。
田所:スタートアップの66%は当初のプランを大幅に変更(ピボット)しています。そこから成功できるのは一部です。
スタートアップが失敗する原因で一番多いのは何ですか。
田所:思い込みをベースに、顧客から何も学ばず、つくりたいものをつくっちゃうことです。
僕の本の最初に書きましたが、価値あるビジネスのアイデアを見つけるためには、顧客の持っている課題を発見することに加え、「課題の質を上げる」ことが重要です。顧客すら気付いていない痛みがある課題とは何かを徹底的に検証し、深掘りすることです。
そして、小さい検証と失敗をできるだけたくさん経験し、その検証結果についてチームで学んでいくことが必要です。そうすると、ほかの人が気付いていないことに気付く可能性と回数が高まる。その気付きを軸にして、必要に応じてピボットする。
駄目なピボットは、「エンジニアがいない」「お金がかかりそう」などの理由を軸にすること。こういった理由による戦略変更は「失敗」と呼んでいいと思います。
(この記事は「日経トップリーダー」9月号の記事を再編集したものです)
日経トップリーダーでは、中小企業の新規事業立ち上げのノウハウを学ぶセミナー「失敗しない新規事業のつくり方」を9月20日(木)に開催します。
講師は『起業の科学』の著者、田所雅之氏です。
事業を新しく立ち上げるときにどんなステップを踏むべきかを時系列で整理。陥りやすい失敗例と共に、アイデアの見つけ方、アイデアの磨き方、顧客が欲する商品への仕上げ方といった段階ごとに、新規事業における「失敗のサイエンス」を学びます。
詳細は「失敗しない新規事業のつくり方」をご確認ください。
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