無借金経営、24期連続黒字を達成する、社員全員が株主の会社。細かなルールなしでも、優しく厳しい経営で社員は自律的に思う存分働く。権限委譲の象徴のような経営を紹介する。
毎年、全社員の2割以上が海外出張に行く。営業や技術の担当者だけでなく、事務社員も派遣する(左が近藤宣之会長)
日本レーザー(東京・新宿)は、社員全員が自社の株主という珍しい会社だ。無借金経営で24期連続黒字。2011年には「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の中小企業庁長官賞を受賞した。
そんな同社だが、かつてはバブル崩壊という経営環境の変化に対応できず、債務超過で倒産寸前だった。そのとき再建を命じられたのが、親会社(当時)である日本電子で新米役員をしていた、現・日本レーザー会長の近藤宣之(のぶゆき)氏だ。
1994年に社長に就任し、翌95年には日本電子の取締役を退任して、日本レーザー社長に専念。1年目で黒字化を実現、2年目には累損一掃に成功した。2007年にはMEBO(経営陣と社員による買収)という手法で親会社から独立を果たした。
社員を大切にする経営
その原動力になったのは、やはり社員だ。51人の従業員一人ひとりに権限が委譲されていて、彼ら自身が自律的に考え、動けるからだ。「権限を与えて、自由に働いてもらう。それこそが社長就任以来実践する、社員を大切にする経営だ」と近藤会長は強調する。
近藤会長はかつて親会社でリストラを経験したことから、人を切り捨てないという信念がある。それが今の経営につながっている。
同社の組織はフラットで、シンプル。社員は管理部、システム機器部などの何らかのグループに所属する。グループには、役員が兼任しているグループ長がいるだけで、その上は経営陣。いわゆる中間管理職は存在しない。名刺に「部長」「課長」と書かれている社員はいるが、これは「資格」であって「役職」ではないので、同じグループの社員間に上下関係はない。
もちろん必要に応じてグループ長の指示を仰ぐが、基本的には自主的に仕事を進める。社長や役員が指示する回数も少ないという。「例えるなら、弁護士事務所やコンサルティング会社のようなイメージ」と近藤会長は説明する。
日本レーザーには職務分掌規定などはなく、仕事や権限の範囲ははっきり決まっていない。「海外の取引先とのシビアな交渉などは私自身が今でも担当するが、それ以外の定例的な仕事は社員に任せている」と近藤会長は話す。
実際、社員の仕事の範囲は広い。業務部の江田弥生氏は購買を担当。どこのフォワーディングカンパニー(国際物流を専門とする会社)を利用するか。それを決めるのは、江田氏の仕事だ。「営業担当者と相談しながら総合的に判断して、状況や目的に合った先に依頼する」。
2015年にドイツのミュンヘンに出張しました。勉強になりました(江田氏、写真:菊池一郎、以下同)
「江田が各社の価格やサービス内容を比較、検討してくれたおかげで、年間1000万円ほど物流費が削減できる見込みだ。江田が自分の裁量でやったことで、私へも事後報告だ」(近藤会長)。
システム機器部の鎌田洋平氏は営業担当。今は海外のレーザーメーカーとの新プロジェクトを手掛けている。
個人の営業成績が全社公開されることは励みになります(鎌田氏)
「鎌田はプロジェクトの一切を仕切っていて、子会社の社長と言っていいレベルだ。私が知らない間に計画は順調に進んでいて、『近々取引先を呼んでセミナーを開くので、冒頭の挨拶をしてほしい』と頼まれた。トップが社員を使うのではなく、社員がトップを使う。社員はどうトップを使うかに非常に長けている」と近藤会長は顔をほころばせる。
働きやすさを保証
なぜ仕事の範囲を明確に定めていないのに、権限委譲がうまく機能しているのか。それは、日本レーザーが社員に徹底的に優しく、徹底的に厳しい会社だからだ。
社員の雇用や働きやすさを保証する。その代わり、人事評価は実力主義を導入。評価に不満を持つ社員がいないよう、公平性を担保する。これにより優しさにあぐらをかくことなく、自律した社員が自身の力をフルに発揮する。
優しさと厳しさと公平性。この3つを極めれば、実は権限の範囲や報告のルールなどは必ずしも必要ない。ただし、中途半端では駄目。極めるというのがどの程度のものか、これから説明しよう。
雇用を守るため社員を教育
まず、「優しさ」から。日本レーザーでは、社員を会社の都合で辞めさせることがない。社員が育児や介護、病気などでフルタイムで働けないなら短時間労働や在宅勤務に切り替えて雇用を守る。本人が望めば70歳まで再雇用し、いずれは80歳まで延長する考えだ。
このため雇用契約は個々のライフスタイルに応じて個別に管理している。例えば、販売促進部の橋本和世氏の場合、パート社員として入社してから、子育てなど家庭の事情に合わせて、在宅勤務の嘱託社員、フルタイムの正社員へと雇用形態を変更している。
会社が私の都合に合わせてくれる。働きやすい職場です(橋本氏)
「今はフルタイムで働く一方で、月2回の在宅勤務を認めてもらっている。個人的な都合に会社が合わせてくれるので、とても働きやすい」(橋本氏)。
このほか、別の会社に勤務する配偶者が大阪に異動になった社員がいたので、日本レーザーの大阪支店に異動させたり、病気療養中の社員を欠勤扱いにせず、給料を払い続けたりしたこともある。
亡くなった社員の子供を職場で預かり、勉強を教えていたこともあった。ここまでするのは、社員に何があっても、どんな状況に陥っても、会社は社員とその家族を守るという信念があるためだ。
社員の成長が会社の成長
社員の雇用を守るためには、会社は収益を上げ続けなければならない。「厳しい競争の中で生き残っていくためには、社員が成長し続けることが大前提。会社の成長は人の成長によってつくり出されるからだ」(近藤会長)。
成長には本人の努力が欠かせない。そこで、難しい仕事を与えたり、新しいチャレンジをさせたりする。「今まで『こんなことをやってみたい』と言って駄目出しをされたことはない。むしろ『どんどんやって。予算を付けるよ』と言われる」とシステム機器部の小野寺毅師氏は話す。
社内の人間から「ああしろ」と指示されたことがありません(小野寺氏)
日本レーザーでは社員1人につき年間百数十万円の教育費をかけているという。受講料が約100万円かかる外部セミナーに派遣したり、近藤会長自ら講師となって社員研修を実施したりする。
これに加えて、毎年2割以上の社員を海外の展示会や研修に送り出す。出張するのは営業や技術の社員だけではない。直接的な業務はなく、出張の必要がない事務の社員にも機会を与えている。
しかし、優しいだけではそれを享受するだけの社員が出てこないとも限らない。会社が求めるのは、権限の大きさに見合う働き方だ。
そこで生涯雇用や成長のサポートを約束する代わり、徹底的な実力主義を導入している。親会社から独立を果たし、社員全員が株主になった時点で、近藤会長はやってもやらなくても給与が変わらない日本的経営を改めた。
家族的経営と成果主義
掲げるのは「家族的経営」と「成果主義」を融合させた「進化した日本的経営」だ。公平とは言えない家族手当や住宅手当を廃止。能力や成果で給与に差を付ける人事制度を取り入れた。
その1つが、TOEICの受検義務付けだ。海外との取引では英語が必須のため、点数に応じて手当が変動。月額最大2万5000円を支給する。基本的に、毎年の受検がルールで、500点に満たない社員は原則昇給、昇格はない。
毎月、社内報に貸借対照表や損益計算書など会社の業績データも掲載している。さらに受注高と粗利については、事業部門別、グループ別、個人別の業績順位も公開。誰がどれだけ稼いでいるかが一目瞭然だ。
担当者別粗利累計グラフ。社内報に毎月、個人の売り上げを掲載する
10年ほど前から公開しているが、社員から不満の声が上がることはないという。「公開されて嫌だと思ったことはない。むしろ来月は頑張ろうと、モチベーションが湧く」(鎌田氏)。
安心して働ける環境を整えることと、個人の成績を公開することは、一見相容れない関係のように感じるかもしれない。だが、どちらも社員のためを思ってのこと。社員を甘やかすことが優しさではないのだ。
透明性のある人事評価
報酬面での公平性も担保する。営業部門と技術部門の社員には成果の対価として、受注額の粗利の3%を賞与で還元している。受注までには、複数の社員が関わるケースも少なくない。その場合、売り上げを計上した社員がそれぞれの貢献度合いにより分配率を決定している。
「実情を知らない上の人間ではなく、現場の社員が配分を決めるので、不満はない」と技術部の西端幸次氏は話す。
評価、分配方法が公平なので、不満に思ったことはないですね(西端氏)
人事評価の透明性と納得性も担保する。日本レーザーでは独自の「総合評価表」を用いて、人事評価を実施。日本レーザーの社員としてどうあるべきかが記述されている「クレド」に従って評価項目の内容は決められている。
全30項目で300点満点。グループ長が社員を評価し、最終的に役員会で決定。その後、評価フィードバックの面接を必ず実施する。「なぜこうした評価になったのか」「どうしたら次回、点数が上がるか」などを話し合うので、努力すれば着実に点数は伸びていく。
一般的に、多くの企業が相対評価を採用している。その場合50点だった人間が100点になっても全体から見てまだ下位だと、評価は上がらない。ボーナスも昇給も金額に一定の枠があり、その中に収めようと社員を順位付けしているためだ。「ただ、それでは社員のモチベーションは上がらない」。だから日本レーザーでは絶対評価を採用。点数が上がれば報酬も増える仕組みが構築されている。
さらに日本レーザーは社員全員が株主。会社の業績が上がれば、従業員の持つ株の価値も上がる。ただ、金銭的なメリットより、「自分たちの会社」という「圧倒的な当事者意識が高まったことのほうがずっと大きい」と近藤会長は言う。
いざというとき頑張れる
働き続けられる環境がある。会社に大事にされているという実感を持てる。その上、好きな仕事ができて、その仕事で会社に貢献できているというやりがいや達成感があれば、いざというときにもうひと頑張りできる。
誰もが望むであろう働き方を、妥協なしに組織づくりに落とし込んでいるのが、日本レーザーという会社なのだ。優しさと厳しさと公平性により権限委譲に成功した会社は、リーマン・ショックでも赤字を出さなかった。「トップダウン経営では恐らく無理だった」と近藤会長は述懐する(次ページに近藤会長のインタビューがあります)。
社員のミスは授業料 近藤宣之会長
1944年生まれ。大学卒業後、日本電子入社。94年子会社の日本レーザー社長に就任
権限を委譲しようと思ったきっかけは何ですか。
近藤:当社はレーザー機器の輸入専門商社です。14カ国100社の合計何十万点という製品を取り扱っています。そんな数の製品を社長1人で売り込むことは到底できません。
加えて、この業界では珍しくないのですが、取引先の事情で契約を打ち切られることが多々あります。私が社長になって24年、その間に27社に取引を打ち切られています。1年で4、5億円の売り上げが飛んだこともありました。その分を新しい取引で補填するのは社長だけでは不可能。社員の力が必要なのです。
私は中学生のときから『資本論』『共産党宣言』を愛読し、高校生のときは毎日デモに参加していました。日本電子時代、労働組合執行委員長を務めていたとき会社が経営危機に陥り、大勢の社員をリストラした。このときの経験が私の原点です。
雇用を守れない企業は社会的に存在意義がない。そう今でも思っています。雇用を守るには、儲けなければいけない。そのためには権限委譲が必要なんです。
「儲けて社員に報いたい」と話す経営者がいますが、おかしな話です。こういう経営者の本音は、利益を上げて、株価を上げて、企業価値を高めて、自分がいい思いをしたいのではないでしょうか。でもワンマン経営だとやりきれなくなるから、手段として社員のモチベーションを上げようとする。
逆なんですよ。人を雇用すること、人に喜びを与えること、人を幸せにすることが目的としてまずあって、その手段として利益が必要なんです。
人を雇用することに加え、もう1つの企業の目的は、社員が仕事を通じて成長することです。だから企業は社員にそうした機会やチャンスを与えなければならない。権限委譲もその一環といえます。
任せた後、自分でやったほうが早いなど、イライラしたことはありますか。
近藤:イライラはしません。権限を委譲すると、スピードは非常に上がりますから。ただミスもあります。でもそれで社員を叱責することはしません。これも授業料だと思えばいい。人の成長に必要なコストです。実際、社員のモチベーションは上がり、結果として早く育ちます。
よく優秀な社員ばかりだからできるのだろうと言われますが、とんでもありません。うちはもともと経営破綻しかけた会社です。当時はひどい社員ばかりでした。それでも、社員を大切にする経営をすれば変わるんですよ。
(この記事は、「日経トップリーダー」2018年7月号に掲載した記事を再編集したものです)
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