写真プリントから温泉施設へ
万葉の湯、現像プロセスを湯の交換ノウハウに応用し成功
市場消滅という地殻変動が20年ほど前に起きたDPE(写真の現像・焼き付け・引き伸ばし)と呼ばれる写真のプリント市場。ピンチの中、DPE店チェーンは、どう対応して生き残ってきたのか。今回紹介する万葉倶楽部は、周囲の反対を押し切ってDPE事業とは畑違いの都市型温浴施設に進出。周到な準備をしたことで、着実に事業を拡大している。
日本ジャンボーとして集中ラボ方式を確立し、クリーニング店やタバコ店などの取次店を開拓。1991年には店頭(現ジャスダック)市場に株式を上場。96年9月期の売上高は約160億円、取次店は最大約6万店まで拡大した。写真は1960年代の日本ジャンボーの直営取次店
全くの異業種に進出し、DPE事業の落ち込みをカバーした会社もある。都市型温浴施設「万葉の湯」を各地に9店舗展開する、万葉倶楽部(神奈川県小田原市)だ。
会長の高橋弘は自ら育て上げたDPE事業に見切りを付け、約20年前に新規事業として温浴施設事業を開始。現在では、温浴事業がグループ全体の売り上げの8割を占めるまでに様変わりしている。
高橋はDPE事業の草分け的存在だ。1960年に日本ジャンボーを設立。店頭で顧客から預かったフィルムを現像所に集めて一括処理する「集中ラボ方式」を他社に先駆けて確立した。写真事業に関係ないクリーニング店やタバコ店などを取次店として開拓する方法で業績を一気に伸ばした。
「最後はトップの覚悟があるかどうか」と語る高橋。本社には歴代のカメラとフィルムが飾ってある(写真:菊池一郎)
だが、店頭で写真を現像できるミニラボ機の出現を見て、90年代半ばには「集中ラボ方式の事業展開では限界が来る」と分析。新規事業を模索し始めた。
自ら生んだ事業を見切る
通常、新しい事業モデルを自ら確立して会社を発展させた創業者は、その成功体験にとらわれ、なかなか見切れないもの。しかし、高橋の場合、市場の変化の先を読み、体力のあるうちに次の一手を打つ冷静さがあった。
97年に子会社の万葉倶楽部で、都市型温浴施設の運営を開始。2009年、経営陣による買収で日本ジャンボーは上場を廃止。現在は万葉倶楽部が親会社、日本ジャンボーが子会社となっている。17年9月期の売上高約221億円のうち、8割が温浴施設事業。写真は2005年にオープンした「横浜みなとみらい万葉倶楽部」
とはいえ、一見すると温浴事業はあまりに畑が違うように思える。しかし、高橋はこう反論する。
「DPE事業も温浴事業もサービス業としては同じ。お客様をもてなすことは変わらない。それに、本当に新しい事業を始めるなら、過去のデータはさほど関係ない。最後は『いいかげんさ』が必要だ」
この発言の真意を汲(く)み取るには、少し解説が必要だ。額面通り受け取ると、豪放磊落(ごうほうらいらく)な性格に見える高橋が、勢いに任せて、そのまま温浴事業に踏み切ったように思える。しかし、実際には周到に準備した上で事業を始めた。
失敗確率を極限まで低くしておき、最後はトップ自身が勇気を持って一歩を踏み出す。その前向きさが必要というわけだ。
温浴事業に着目したのは、実は自身が静岡県熱海市の出身であることが関係している。
日本ジャンボーを立ち上げる前、高橋は家業の酒販店を手伝っていた。並行して酒の搬入先である温泉旅館で、趣味の域を超えて宿泊客向けの写真撮影サービスを手掛けるようにもなった。その経験から、顧客が癒しを求めて温泉に来るということが分かっていた。
しかも90年代半ばに静岡県伊豆市でオープンした、日帰り温泉施設が人気を集めているという情報も耳にしていた。そうした背景から、温浴事業に可能性を見いだしたのだ。当時、東京都町田市に自社の土地があったため、そこを生かすことにした。
徹底的な競合分析
新規事業を始めるには、入念に競合を分析し、ライバルをしのぐ特長を持たせる必要がある。高橋はこれを徹底的に実施した。
まずライバルの筆頭に挙がるのは、温泉地にある旅館。高橋はコストに目を付けた。
当時、東京から熱海など近場の温泉地に行くには、新幹線で往復1人約8000円かかった。これに対し、家族4人が自家用車で来て、1日過ごして1万円で収まる価格、つまり、1人2500円弱で楽しめる温浴施設を都内につくれば、価格訴求力があると見た。
問題は町田では温泉が出ないこと。高橋はこのハードルを奇想天外な発想で乗り越えてみせた。大型トレーラーで温泉地の湯河原から湯を運ぶことにしたのだ。
ヒントは歴史にあった。江戸時代、熱海や湯河原温泉の湯を樽で運んで江戸の将軍家に献上した史実がある。それを現代風にアレンジすれば、実現できると考えた。
実は源泉から湯を運ぶ方法に関して、当初は全く関係ないように見えたDPE事業のノウハウを応用したのも、高橋の発想力だ。
それは湯の交換。衛生面を考慮して1日数回、交換することにしたものの、コストや顧客満足を考えれば、いかに短時間で済ませるかが課題となった。
ここで写真の現像プロセスが生きた。現像では、タンクに入れた湯に薬液を入れて攪拌(かくはん)し、終わると液体を別の容器に移動。一度タンクを洗って別の薬液で同じ作業をする。この作業で培った短時間で湯の交換を済ませるノウハウを応用したのだ。
ライバルの「いいとこ取り」
とはいえ、都内には旅館以外にも既存の健康ランドや銭湯といった競合がある。それらに勝つにはどうするか。高橋が編み出したのは、ライバルの長所と短所をすべて書き出した上で、「いいとこ取り」をするという方法だ。
具体的には、縦軸に競合施設にある機能・サービス、横軸に施設類型を取り、各施設がどんな機能・サービスを備えているかを調べた一覧表を作成。極力、多くのサービスを提供できるようにした。
ライバルの「いいとこ取り」を実践。競合分析の比較表
こうすれば、健康ランドなどより5割ほど高い2300円に入館料を設定しても、顧客を十分引き付けられると踏んだ。
財務面の見通しも明確にした。「先行投資回収の収支シミュレーションや競合との比較表を含めた事業計画書を整え、メーンバンクに持参して新規事業を説明したら、太鼓判を押された」という。
大胆な着想の裏に緻密な準備があった中で温浴事業を始めた高橋。だからこそ、結果は吉と出た。
高級旅館のような設(しつら)えで、豊富な種類の風呂や飲食店、子供向けゲームコーナーなど多くの機能を備えた温浴施設1号店「東京・湯河原温泉 万葉の湯」は、97年のオープン当初から大人気となった。
他人の意見は「関係ない」
ただし、全くの新規事業を始める場合、既成概念にとらわれた周囲は反対しがち。その状況を突破する力がトップには求められる。
実際、新規の温浴事業にのめり込む高橋に対し、周囲の目は冷たかった。「なぜ本業と関連性の薄い温浴事業に注力するのか」「本業に集中すべき」などと指摘を受けた。それでも、新規事業を推し進めたときの思いを高橋はこう語る。
「DPE事業が衰退すれば、経営危機に陥るのが明白な以上、他人の意見より自分を信じて進むと決めていた。新規事業への着手を恐れるのではなく、事業を始めた後に改善を徹底するほうが極めて大切だ」
結果的にこの高橋の決断が会社を救った。日本ジャンボーの子会社として温浴事業を始めた万葉倶楽部は、小田原や横浜みなとみらいなど着実に拠点数を増やした。
一方、DPE事業の日本ジャンボーは次第に勢いを失った。09年、ジャスダック市場に上場していた株式を経営陣が買い取って非上場化。現在は「親子逆転」の形で万葉倶楽部の子会社となっている。
温浴事業の拡大で、万葉倶楽部グループの業績は順調だ。17年9月期の売上高は約221億円、経常利益約20億円を確保している。
客観的な市場分析力と、ここぞというときの決断力が高橋にあったからこそ、傍からは無謀にも見えた温浴事業への挑戦は軌道に乗った。(文中敬称略)
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