中小企業社長はなぜ大学院に通うのか
「現場の勘」と「新たな知識」から起きるイノベーション
大学院で専門知識を学ぶ中小企業の社長が増えている。長年、現場で鍛えられてきた社長が新たな知識を得ると、技術や経営にさまざまなイノベーションが起きる。ここで紹介するのは、静岡県浜松市で社員10人ほどの会社を率いる会社の社長。大学院での学びは、「納期の心配」から「会社の未来」に社長の視点を大きく変えた。
内山社長は大学院の教授らと一緒に、レーザー技術を使った工具加工機を開発した(右の装置、写真:上野英和)
カーナビゲーションのパネルに使うプラスチック板などの切削工具を製造する内山刃物(静岡県浜松市)の内山文宏社長は2013年10月、光産業創成大学院大学(同)に入学した。光技術を使った起業や事業開発を推進する人材育成を行う大学院大学だ。
大学院に行こうと思った理由は、端的に言えばレーザー技術を使った加工機を導入するための補助金が欲しかったからだ。身も蓋もない理由にも聞こえるが、内山社長にとっては、会社の存続に欠かせない切実な問題だった。
主力事業の需要が激減
内山刃物は内山社長の父親が1961年に創業。約30年間は、家具など木工用の切削工具のOEM(相手先ブランドでの生産)を手掛けていた。
しかし30歳で社長を引き継いだ96年頃から家具市場が縮小し、木工用工具の需要も激減。社長として最初の仕事は、新規事業分野の開拓だった。
当時需要が旺盛だったポケットベルのプラスチック画面に目を付け、飛び込みで営業し「取引先を総入れ替えした」という内山社長。その後は従来型の携帯電話「ガラケー」用の液晶カバー材の切削工具の製造に移行し、売り上げを伸ばした。
ところが、画面がガラスのスマートフォンが台頭し、プラスチック用工具の需要が激減。大学院入学の2年ほど前には、売り上げはピーク時の半分まで落ち込んだ。
内山社長は、再度新たな事業分野の開拓に奔走した。その過程で、同大学院大学が主催するレーザー技術を使ったものづくりについて学ぶ講座に参加。そこで知ったのが、プラスチックをごく薄いガラスで挟んだ複合素材の切削工具のニーズだ。
従来の工具にもレーザー技術を応用(写真:上野英和)
異なる材料からなる薄い板を切るには、特殊な工具が必要だ。内山社長は、講座後の懇親会で、複合素材用の工具が作れないかと、あるメーカーの受講者に相談されたのだ。
新たな商機を見つけ、工具製造に必要な機械のカタログを調べた。しかし価格は1億円以上。自己資金で賄うにはリスクが大き過ぎた。そこで考えた結果が、補助金の活用だった。
工具の製造から開発へ
13年6月に中小企業庁の「戦略的基盤技術高度化支援事業」(通称サポイン事業)の申請をした。ところが結果は不採択。技術面、事業化プランの両面で内容が不十分という理由だ。
「技術と経営の両方の指導者がいる大学院に行って助けを借りよう」──。内山社長はすぐに同大学院大学の入学を決意した。
研究テーマは、レーザーを使って工具を作る技術とその事業化。教授らのアドバイスを受けて再度補助金を申請した結果、14年に採択が決まった。教授らと共同で独自のレーザー技術を使った設備を開発して、自社工場での稼働も始まった。
大学院で内山社長が得たものは、それだけにとどまらなかった。教授や学生を通して、それまで縁のなかった大手の機械メーカーや素材メーカーなどとのつながりができたのだ。「(入学前には)あり得ないネットワーク」(内山社長)だった。
同時に、経営者としての「思想」を持ち、それに共感してもらえなければネットワークが信頼関係に発展することはないことも学んだ。「儲けたいからという動機では誰も協力してくれない。何のために工具を作っているのか、ものづくりにどう貢献できるのか。それを考えるようになった」(内山社長)。
その結果、工具を製造するだけでなく、素材メーカーと一緒に開発することが、これからやるべき仕事だと気付いた。
メーカーが優れた素材を開発しても、加工技術がなくては実用化できない。メーカーと組んで素材と工具を同時に開発し、両者をスピーディーに市場に出す。これが新たな役割だと考えたのだ。
「納期の心配」から「会社の将来像」へ
起業や事業開発の意欲が旺盛な学生と意見交換し、教授の知見に触れる中で考えた結果だ。「大学院に行かなければこの気付きは得られなかった」と断言する。
以前は1週間先の納期に間に合うかどうかで頭を悩ませていた内山社長。今見ているのは5年、10年先の会社の将来像だ。
(この記事は「日経トップリーダー」6月号に掲載した記事を再構成したものです)
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