2006年、07年と2年連続でリーグ優勝を成し遂げた(写真:共同通信社)
2006年、07年と2年連続でリーグ優勝を成し遂げた(写真:共同通信社)

チーム打率5位でも優勝

白井さんがそうして手塩にかけた選手たちが1軍に上がり、活躍するようになってから、チームは強くなりました。

白井:田中賢介、高橋信二、鶴岡慎也、森本稀哲……。フォア・ザ・チームの価値観を身に付けた若手は、1軍のベテランも巻き込んでいきました。

 どういうことかというと、彼らは凡ゴロでも懸命に一塁まで走るわけです。その様子を見たベテラン選手は「そんなことをして、けがでもしたらどうするんだよ」と笑いましたが、「いえ、最後まで諦めずに走っていれば、何が起きるか分かりませんから!」と手を抜かなかった。

 すると、ベテランが「あいつらすげえな。俺も走ってみるか」と感化されていったのです。

 価値観が出来上がっているベテランを直接変えようとしても、反発されるだけ。変えようとすればするほど、激しく抵抗します。でも、若手たちの行動を介せば、ベテランも変わる。いきなり変わるのは気恥ずかしいから、周囲に気付かれないように少しずつ、少しずつではありますが。

 技術も経験もあるベテラン選手が、自分のためでなく、チームのために働くようになると、これほど心強いものはない。こうして一丸となったチームは2006年、優勝しました。一人ひとりの能力は決して高くありませんでしたが、フォア・ザ・チームの精神で44年ぶりの日本一を手にしました。

 翌07年もリーグ優勝しました。このとき、事前予想は最下位。前年の中心打者だった新庄剛志が引退、小笠原道大が他球団に移籍。中継ぎの岡島秀樹は米国に渡ったからです。残った選手は小粒ばかりと言われ、開幕当初は順位も低迷していましたが、その後破竹の14連勝をするなど快進撃を重ねた末、2年連続でリーグ優勝しました。

 07年のチーム打率はリーグ5位。本塁打数と得点数は最下位でした。チームが勝つために一人ひとりが何をするかという意識が徹底できていた結果であり、2軍時代の価値観の醸成が大きかったと思います。

 私はフォア・ザ・チームの精神を強制したことはありません。私は、問いかけただけ。選手自身が選んだ価値観なので、私がチームを離れても、それが薄れることはありません。何のために働くのかを考えさせる教育はこのように本質的なもので、技術面の育成とはまるで異なるのです。

(この記事は「日経トップリーダー」4月号に掲載した記事を再構成したものです)

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