福島の父が、なぜ銀行勤めを勧めたのかは定かでない。だが、どこかで福島が継ぐ可能性があることを予見し、数字に強くなっておいてほしかったのかもしれない。

 福島は父の勧めを素直に受け入れ、都市銀行に入る。融資業務などに携わるうちに仕事の楽しさを覚えた。97年には婚約もし、公私ともに順風満帆だった。

鹿沼カントリー倶楽部は、大企業の経営者なども数多く利用している

500億円の負債のあるグループに「戻ってほしい」

 ところが、状況が一変する。父が脳梗塞で倒れ、継続的な治療が必要な身体になった。そうした中、福島が勤めていた東京都内の支店に一本の電話がかかってきた。

 「ちょっと用事がありまして……」

 電話の主は、鹿沼グループの主力銀行で働く地方銀行員だった。他行の行員が連絡してくるのは、企業が振り出す手形の信用状況を確認する場合がほとんど。福島もそう考えて、取り次いだ女性事務員から電話を回してもらったが、どうも相手の歯切れが悪い。

 「一体どうしたんだろう」

 いぶかしく思いながらも福島が会ってみると、銀行員は本題を持ち出した。「鹿沼グループに戻ってほしい。今の社長の体調では、いつまで経営を続けられるか分からない。後を継げるのはあなたしかない」。

 驚いて理由を尋ねると、鹿沼グループは経営危機であることが分かった。売上高約80億円に対して負債は500億円に上り、債務超過だった。再建策を練る経営企画室には、福島を支えるため、主力銀行を含む取引銀行2行から出向者3人が常駐し、銀行管理下に入ることも決まっていた。

 「ほかにも後継者候補はいるはずなのに、『決め打ち』で私のところに来ていたようだ」と福島は語る。経営危機で500億円にも上る負債を抱えた会社を継ぐことができるのは通常、血のつながりが深い実子だ。その中で資金繰りに詳しく経営者の才覚があるのは、福島しかいないと銀行団は踏んだのだろう。